過ちは繰り返さない!原子力規制の「独立」貫く

田中 俊一 氏
原子力規制委員会委員長

2014年3月号 BUSINESS [インタビュー]
インタビュアー 本誌 宮嶋巌

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田中 俊一

田中 俊一(たなか しゅんいち)

原子力規制委員会委員長

1945年福島市出身(69歳)。会津高校、東北大学原子核工学科卒業。日本原子力研究所副理事長、日本原子力学会会長、原子力委員会委員長代理などを歴任。原発事故直後に国民に謝罪する記者会見を行い、生まれ故郷の福島で除染に取り組む。2012年9月規制委発足とともに委員長に就任。

写真/吉川信之

――3年ぶりに出荷された福島名産の「あんぽ柿」が美味しいと勧めてますね。

田中 戦時中に福島市で生まれ、疎開先の伊達町で育ちました。軒に吊るした干し柿は、子どもの頃の原風景。1年目の冬は全くダメでしたが、農家の皆さんが雪の中で柿の木に登り皮を剝ぐ、除染の苦労をずっと見てきましたから、皆さんに食べて欲しいのです。

――3年が経った被災地の現状は?

田中 当初は帰れる望みがあったが、避難が長引くにつれて、帰還の意欲が薄れていくのが心配です。表向きは被曝の問題ですが、雇用や子供の教育や医療など様々な要因が絡んでいます。背景には賠償問題があり、シェークスピアではないが、お金は人の心を迷わせる怖い側面があります。故郷に帰る意欲を失いかけた人たちを、いかに奮い立たせるか、それが一番の課題だと思いますね。

島﨑代理の「科学者魂」を尊敬

――昨年末、個々人の線量計測に基づく、帰還に向けた提言を出しました。

田中 3・11直後に飯舘村に入り、県内各地で除染のお手伝いをしてきました。帰る見通しが立たない「帰還困難区域」と、数年かけて除染を行う「居住制限区域」、やがて帰れる見込みの「避難指示解除準備区域」に、3分割された地元の苦しみは計り知れない。飯舘村の菅野さん(典雄村長)からどうしたら帰れるものかと、沈痛な手紙をいただきました。

昨年秋から福島原発の廃炉と汚染水対策で、国が前面に立つことになり、安倍政権は除染・復興・生活再建の縦割り行政を改め、地元自治体に直接財源が届くようにしました。関係機関のベクトルが揃った今年は復興が加速すると思います。

一方で、帰還の選択をする住民を身近で支える相談員が不可欠であり、自治体の代表者や職員、医師や保健師、看護師、保育士らが住民に寄り添う仕組みと予算措置を提案しました。避難している方々が一日でも早く帰れるようにしたい。

――原発再稼働に向けた、新規制基準への適合審査が遅れています。

田中 新基準の策定段階から全ての議論を公開していますから、どのような審査が行われるかは事業者もわかっていたはずです。ところが、若狭湾周辺の3活断層の連動の可能性を否定するなど、世界最高水準の安全性を目指す取り組みが、事業者に根付いているとは思えません。

――「原子力ムラ」と、その尻馬に乗る一部のマスコミは、島﨑先生(邦彦委員長代理)を目の敵にしています。

田中 島﨑さんは厳しすぎると言う人もいますが、あえて社会や経済との軋轢に目をつぶり、科学者としての矜持と専門家としての見識を貫いています。

――規制委の人選に当たった細野さん(豪志・原発事故担当大臣=当時)は、産業界から「地震学者を委員にするな」と圧力を受けたことを明かしています。

田中 島﨑さんは、私なんかよりずっと立派な科学者ですから、「科学者魂」が身についていますね。その生きざまを尊敬しているし、それでいいと思います。

――規制基準をクリアすればゼロリスクになるという「安全神話」から、電力会社はなかなか抜け出せません。

田中 世界最高水準の安全性を実現するには、事業者の自主的な取り組みが不可欠です。より高度な安全性を追求する安全文化をいかに醸成するか、それが今年の課題になると考えています。

日本は自主規制組織がお粗末

――東電の柏崎刈羽原発は津波想定を遥かに超える海抜15mの防潮堤を1㎞も築いた。長大な防壁に科学的根拠はありませんが、福島の教訓からコストは全く問題にならなかったそうです。他の電力会社ではそういかないでしょう。

田中 スリーマイル島事故(1979年)の後、米国では政府規制にもまして(事業者の)自主的安全規制が重要との認識が高まり、米原子力産業界の自主規制組織としてI(イ)N(ン)P(ポ)O(原子力発電運転協会)が設立されました。独立性を確保されたINPOは、原子力施設を定期的にレビューし、最優良事例を踏まえて発電所の運営状況や設備の状態、安全文化の健全性などを評価し、安全レベル引き上げをリードしてきました。

我が国でもINPOを模したJA(ジヤ)NS(ンシ)I(原子力安全推進協会)が12年11月に作られたのですが、予算と人事の独立性が不明確です。海外からも「自主規制組織として機能していない」と指摘を受けています。こうした原子力産業界の安全文化を向上させるための自主的な取り組みの遅れが、適合性審査の対応にも影響を及ぼしているのではないかと懸念しています。

――自民党・原子力規制に関するPTから「『独立』が『孤立』になっている」、「広く関係者とのコミュニケーションをとる姿勢が見られない」と叩かれました。

田中 発足以来、ほぼすべての議論を公開でやってきましたから、規制委が孤立しているとは思いません。来日したメザーブさん(米国原子力規制委員会の元委員長)とも話し合ったのですが、「最高レベルの倫理観と専門性以外の何ものも規制に影響を及ぼすべきでない」という独立性の原則は、私どもの命綱です。ただし、独立性は孤立を意味するものではない。孤立を避けるためにあらゆる考えに耳を傾け、全ての情報を客観的かつ公平に評価した上で最終決定を下し、その理由をわかりやすく説明する。それが理想であり、義務だと考えています。

規制委が孤立しているというご批判には様々な思惑が含まれているように感じています。何ものにもとらわれず、独立した判断を行う足場が固まるまで、政治的なプレッシャーや利害関係者からのストレスを避けてきたのは事実です。

――例外的に東電の廣瀬社長には会い、福島事故処理の加速を指示しました。

田中 発電所の安全性向上には事業者社長のコミットメントが欠かせません。その覚悟を問う意味でも、より多くの関係者と会い、意思の疎通を図ることが、私にとって大きな課題です。

   

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