官邸主導で健康食品の機能表示解禁がとんとん拍子。慌てた厚労省の天下り団体が横槍。
2013年12月号 BUSINESS
アベノミクス「第3の矢」となる成長戦略の中で物議を醸しているテーマがある。サプリメントなど健康食品への表示規制の緩和だ。これまで効果や機能を表示できるのは、国の審査で有用性が認められた特定保健用食品(トクホ)や栄養機能食品だけだった。これを改め、2015年度から含有成分の有用性が確かなサプリメントにも機能性表示を認める方向となり、6月に閣議決定された「規制改革実施計画」に盛り込まれた。
壁となる山東昭子参院議員
Jiji Press
例えば、これまでトクホ商品では「血圧が気になる方へ」といった表示は認められてきたが、サプリに機能性を表示することは薬事法などにより禁じられている。また、薬事法には「人体の構造または機能に影響を及ぼすものは医薬品のみ」と定められていることから、「膝の痛みを和らげる」といった部位を指定する表現は許されない。
こうした規制があるため、「グルコサミン」などのテレビCMでは、女優が膝に手を当てて回しながら、「ぐるぐるぐるぐる、グルコサミン」と宣伝している。手を当てて回しているだけでは部位を特定せず、効能も謳っていませんよ、というわけだ。当然ながら、消費者は「グルコサミンは膝の痛みに効く」と受け取るから、違反すれすれの「グレーゾーン広告」である。もし、先の規制緩和が実現すれば、成分の効果が証明されているサプリにはトクホ並みの機能性表示が可能になる。むろん「これを飲めばがんが治る」といった表示は許されない。
サプリ業界が驚くほど、表示の規制緩和はトントン拍子で進んだ。ある関係者は「突如2月の規制改革会議で浮上し、4月に業界ヒアリングが行われ、6月に閣議決定された。あまりのスピードに、かえって半信半疑になった」と振り返る。
健康食品業界にとって、この規制緩和は市場拡大に直結する悲願だった。実現すれば市場規模は現在の約1兆2千億円から倍になるとの見方もある。
ところが、食用油で初めてトクホに認定された「花王エコナ」に発がん性物質が含まれていることがわかって販売中止に追い込まれ、関西テレビの娯楽番組「発掘!あるある大事典2」がねつ造されたデータで納豆にダイエット効果があることを喧伝する不祥事が発生。トクホを所管する消費者庁や関連審議会は規制緩和に批判的だった。そんな消費者行政が一転して規制緩和に踏み出したのだから、業界が驚くのも無理はない。
この規制緩和の背景には、医療費削減を目論む財務省の影がチラつく。我が国の財政は毎年1兆円増える医療費負担に苦しんでいる。国民皆保険制度の下で患者を薬漬けにする医師会、製薬業界、厚生労働省のトライアングルは、既得権の岩盤そのものだ。薬漬けの日本人の平均寿命は延びたが、元気に生活できる「健康寿命」(男性で70.4歳、女性で73.6歳)との差は10歳前後ある。健保適用外のサプリの機能性表示によって消費が増えても財政支出には繋がらない。財政負担の重い薬よりサプリを飲んでくれたほうが財務省は助かる。
財務省出身の首相ブレインは、健康食品を予防医療に役立て、医療費を抑制しようとしている。それが、官邸主導の規制緩和の目論見なのだ。この結果、健康産業ビジネスが拡大すれば、雇用創出にも繋がる。
先進諸国では医療とサプリは密接に関与しており、法規制によって医薬品、健康食品・サプリ、その他の食品が明確に定義されている。先進国の中で、その区分が明らかでないのは我が国だけだ。ドイツでは、医師が薬を飲むほどの病気ではないと判断すれば、ハーブなどを処方する。そのため、薬剤師のほか自然療法の専門家を置く「アポテイク」と呼ばれる薬局がある。
米国では医療費の増大を抑えるため、94年に栄養補助食品健康・教育法が制定され、サプリなどに機能性表示を認める「ダイエタリーサプリメント制度」が創設された。
消費者庁は今、米国のこの制度をお手本にしようとしている。その特徴は、国がお墨付きを与えた第三者機関が審査・許可するのではなく、サプリの有効性は論文調査などを通じて企業が自ら担保する点にある。そのうえでサプリ発売後に米食品医薬品局(FDA)に届け出ればよい。製品トラブルを起こしたり、FDAの抜き打ち検査に引っかかった場合は厳しい罰が待っている。事前規制ではなく事後監視型の対応なのだ。
今回の規制緩和の動きに、米国の大手サプリメーカー幹部は「岩盤規制にやっと風穴があいた。TPPも活用して日本市場で売上を倍増させたい」と意気込む。米国で信頼の置けるサプリメーカーは「c-GMP(カレント・グッド・マニファクチャリング・プラクティス)」と呼ばれる厳しい品質基準をクリアしている。開発部隊も薬学博士をずらりと揃え、医薬品メーカー並みの体制を敷く。その幹部は「日本にもGMPの制度はあるが、レベルが低すぎる」と指摘する。
日本の優良サプリメーカーも負けていない。ある幹部は「うちは世界の論文を集めて有用性を研究しており、研究開発体制も手厚い。規制緩和と市場開放は望むところ」と言う。我が国の健康食品メーカーは玉石混交。訪問販売で怪しげな商品を売る業者も少なくない。むしろ、今回の規制緩和は、業界から悪質な業者を締め出すチャンスになるというわけだ。
もちろん、規制緩和には既得権者からの「抵抗」がつきもの。厚生労働省の天下り先である公益財団法人の日本健康・栄養食品協会はその最たるものだ。理事長は、元厚生労働省健康局長の下田智久氏。会員にトクホを扱う企業がズラリ。日本版GMPの認定も手がけている。トクホは認可までに平均4年以上かかり、開発投資も1件で数億円以上かかるから、油や飲料など投資を回収しやすい大量生産型の商品しか出てこない傾向にある。規制緩和によってトクホはいずれ消滅するとの見方が多い。
同協会は、消費者庁が検討している米国型(事後監視型)に反対し、第三者認証型の導入を唱えている。「第三者認証を自ら行い、利権を確保する目論見だろう。厚労省の天下り先は第三者認証機関には成り得ない」と、外資系サプリメーカー幹部は訴える。消費者庁幹部も「第三者認証は入れない」と言う。
しかし、同協会も黙ってはいない。既得権を守ろうと、自民党に圧力をかけ始めた。10月7日には、山東昭子参院議員を会長とする「第1回健康食品の機能性表示研究会」を開催。メンバーには厚労族など6議員が名を連ね、第三者認証制度の導入を声高に訴え始めた。