3年前の政府ガイドラインも、どこ吹く風。完済してもSIMを返却させ、ただの文鎮に。
2013年12月号 BUSINESS
いま、筆者の手元に2011年10月に契約し、2年契約の割賦代金を払い終えたiPhone4sがある。名実ともに自分の所有物となったスマートフォン(スマホ)だが、新機種の魅力には抗えず、9月に発売されたiPhone5sに買い換えた。それを機に携帯電話事業者も、iPhoneに新規参入したNTTドコモに乗り換えた。
iPhone4sは、お払い箱ではもったいない。Wi-Fi経由でインターネットやメールはまだ使えるし、iPod端末として音楽も聴ける。アプリだってダウンロードして楽しめる。「解約後も情報端末として利用できる」。これがスマホの隠れたメリットでもある。
既存のガラパゴスケータイは、Wi-Fiを搭載していない機種がほとんどなので、回線を解約したら通信系の機能は全滅だ。auの端末などには、ワンセグすら視聴できない機種がある。
解約後のiPhone4sを家族が使いたいというので、工場出荷時の状態に戻してから渡そうとパソコンに接続し、「復元」を行った。復元が最終段階になったとき「SIMカードが挿入されていません」と表示され、それ以上先に進めない。
そう言えば、SIMカードは解約時に返却してしまった。各社ともSIMカードを「貸与」と位置づけ、解約時の返却や廃棄を契約約款で明記している。結局、このiPhone4sは、「復元」はもちろん、元の状態に戻すこともできず、「ハイテク文鎮」と化して生涯を終えた。
なぜ、こんなことが起きるのか。iPhoneに施されているSIMロックに原因がある。SIM(Subscriber Identity Module)は、電話番号や事業者を特定するため固有のID番号が記録されたICカードのこと。iPhoneに限らず、日本で販売されている携帯電話には、自社のSIMだけを使えるようにする制限がかけられており、「SIMロック」と呼んでいる。
SIMロックは端末を人質に取り、ユーザーを自社に縛り付ける事業者側の一方的な都合で実施されている。「新規契約でキャッシュバック5万円!」「端末の割引プラン」などと多額の販売奨励金や販促費をばらまいて、大安売りする事業者からすれば、端末だけ持って別の事業者に乗り換えられると、販売奨励金や販促費を回収できず、大きな打撃を被るからだ。
しかし、携帯電話ビジネスの国際競争力を高めようと事業者間競争を推進していた総務省は、民主党政権下の2010年4月2日に「携帯電話端末のSIMロックの在り方に関する公開ヒアリング」を開催。当時の内藤正光総務副大臣が、猛反発する孫正義ソフトバンク社長に対し勝利宣言にも似たツイートを行うなど、SIMロック解除機運は盛り上がった。
総務省は同年中に「SIMロック解除に関するガイドライン」を公表、「平成23年度以降新たに発売される端末のうち、対応可能なものからSIMロック解除を実施する」と明記した。
ところが、13年(平成25年)の今になっても、各事業者はガイドラインなどどこ吹く風だ。政権交代が行われた今となっては、そのような指針は白紙に戻ったとでも言うのだろうか。唯一、ドコモだけは、特定の機種でユーザーが希望すれば、有料でSIMロック解除に応じてくれる。だが、iPhone5s、iPhone5cはその対象外。もちろん、auとソフトバンクモバイル(SBM)の2社が扱うiPhoneも右へ倣えで、SIMロックがかかっている。
アメとムチを使い分け、携帯電話事業者をiPhoneの販売代理店のように扱うアップルも、日本ではSIMロックを温存しておいた方が得と見極めたのだろう。10年にSBMが初代iPadを発売した際、孫正義社長がスティーブ・ジョブズに懇願して、日本向けiPadだけSIMロックにしたという経緯がある。アップルとしては、製品を売ってくれさえすれば、あとは「どうぞご自由に」なのだろうか。
かくして「ハイテク文鎮」のような不幸が起きる。海外では、契約後に一定期間を経たら、SIMロックの解除に応じるよう義務づけている国が多い。ここでも日本はガラパゴスなのだ。
10年当時、SIMロック解除反対の急先鋒だったSBMの松本徹三特別顧問や元ドコモの夏野剛慶応大学特別招聘教授は、その理由としてiモードといったプラットフォームが各社で異なり、解除しても端末の使い回しができないから意味がない、と主張していた。
だが、その言葉をそのままひっくり返してお返ししよう。事業者を「土管化」したiPhoneほどSIMロック解除に適した端末はない。コンテンツやアプリは、すべてアップルが牛耳っているので、完全に共通化されている。iモード対応だ、EZweb対応だなどといった心配は不要だ。インフラ部分についても、音声通話の方式がauだけ異なるが、データ通信は3社とも3.9GのLTEを整備し共通化が着々と進んでいる。
最新のiPhoneは各社のLTE周波数に対応しているので、事業者間で端末の使い回しができる環境が整いつつあり、かつての反対論はもう通用しない。
各社はどう釈明するのか。ドコモは「他社の状況を見て競争上そのようにしている」と主体性のないことを言い、auは「iPhoneをauの回線契約に紐づいてご契約いただく前提で販売を行っている」と素っ気ない。SBMは「端末や通信サービスを安価に利用者に提供するため」と恩着せがましい。
総務省も不甲斐ない。06~10年にかけてナンバーポータビリティ(MNP)、分離プラン(販売奨励金の廃止)、MVNO(仮想移動体通信事業者)の推進、SIMロック解除など「競争」に軸足を置いた当時の勇ましさは微塵も感じられない。
ユーザーの唯一の抵抗手段は、解約時にSIMカードは返却しないことだ。回線は死んでも、事業者が発行したSIMカードが挿入されていれば「復元」は可能だ。幸いSBMは「ユーザーからの要望があれば返却しなくてもよい」と回答しているし、他社もユーザーが拒めば、返却を強要することはないようだ。あなたが大枚はたいたスマホを「文鎮」にしないよう、ささやかなレジスタンスを!