衆院選「違憲無効」は時間の問題

寸止めの「事情判決」が今後も続くと思ったら大間違い。司法は「静」から「動」へ。

2013年4月号 POLITICS

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プラカードを掲げて東京高裁に入る原告団。前列右端が久保利弁護士

「ものすごい踏み込みから重いパンチが次々炸裂。しかしKOパンチは寸止め」

3月6日、東京高裁の難波孝一裁判長が言い渡した「一票の格差」判決を、ボクシングに例えるならこうなるか。

昨年12月16日に行われた第46回衆議院選挙は、違憲だが選挙無効までは認められない――結論こそ従来と同じだが、その内実は党利党略で自らのガバナンスを怠ってきた立法府にとって最大限に厳しいものとなった。司法が憲法判断で政治と対立することは「政治の季節」以来40年以上も避けられてきたが、いま、それが大きく変わりつつあるのだ。

まず、東京高裁判決の枠組みを見てみよう。

①違憲か合憲かの判断 2009年衆院選挙の一票の格差訴訟について、11年3月の最高裁判決は、従来の「何倍の格差なら許されるか」から、「一人一票」に重きを置く「投票価値の平等」が憲法の求めている価値だとの転換を行った。一方、選挙の具体的な区割りや定数について11年最高裁判決は、小選挙区制の区割りに使われている「1人別枠方式」(まず各都道府県に定数1を割り当て、残りを人口比で比例配分する)が投票価値の格差を生むと指摘、違憲としたが、東京高裁も改めて「1人別枠方式」を違憲と判断した。

②国会が自らを律して格差是正するのをいつまで待てるか 10年の国勢調査を受け区割り変更等を審議する衆議院議員選挙区画定審議会(区画審)は進展せず、1人別枠方式を廃止する緊急是正法が施行されていたにもかかわらず、昨年の総選挙はそのまま行われた。東京高裁判決は「時間切れ」とし、訴えの対象である東京1区は違憲状態にあると認定した。翌7日に言い渡された札幌高裁判決は同じ結論だが、国会の格差是正の「不作為」をさらに踏み込んで批判している。

③違憲なら選挙を無効とするか ここが最大のヤマだ。東京高裁は国会や与野党協議の状況を検討、「0増5減案」による格差是正は進行中とし、選挙を無効とはしなかった。

裁判官は「孤独」だった

このような、現実への影響を考慮して判決を寸止めにする手法を「事情判決」という。

「無効判決は社会的影響が非常に大きく、強いプレッシャーとなる」。そんな裁判官の立場を指摘するのは、最高裁に先駆け09年衆議院選挙に「違憲」判断を下し、かつ判決文に「一人一票の価値」を初めて明記した10年3月福岡高裁判決の裁判長、森野俊彦元判事(現在は龍谷大学法科大学院客員教授)だ。

今回の東京高裁判決のように、最高裁で違憲判断が確定済みならば、むしろ違憲判決以外は出しにくい。だが、パイオニア的に違憲判決を下し、新しい価値を示すのは、判決の安定性を重んじ、大勢に流されがちな裁判官の世界では、すき間をこじ開けるような困難さがある。

しかも実際の裁判では、具体的な選挙区の格差が問題(東京高裁判決なら東京1区)にされているから、その解決策を探らねばならず、「ガラガラポン」というわけにいかない。森野裁判長もそれに苦しんだ。

「一票の価値が少ない側からの訴えだから、現在の当選者は正当だ。定数を増やすべきだが、その途端に打つ手がなくなる」

法の枠組みから踏み出せない裁判の性質が、裁判官に「無効判決」の大ナタをためらわせていた。だが、これら違憲判決の積み上げで、東京高裁判決の方向性が出てきたともいえる。

「(投票価値の不平等の)合理性を基礎付ける事実は、被告において主張立証しなければならない」と東京高裁は言う。つまり、国会が合理性を立証できなければ違憲だと、立証責任が転換されたのだ。そして判決は、将来の無効判決の出し方にまで異例の言及をしている。「○月後(○年後)に現在の衆議院を無効とする」。立法府に対する極度の苛立ちが伝わってくる。

しかし、ここまで言っておいて無効判決を出さないというのも変な話で、「3人の裁判官の意見が一致しなかったのでは」という観測も流れた。森野元判事も「国会が高をくくるのではないか」と懸念する。東京高裁判決を受けて与野党は「重く受け止める」趣旨の談話を発表したが、案の定、自己改革への道は遠い。自民党の細田博之幹事長代行が提案する衆院選挙制度改革の私案は、第2党以下に比例代表選挙区の票を配分するという、全く判決に向き合っていないもの。「司法はどうにでもなる」と広言する議員も少なくない。

国民感情は司法の味方に

「かつて一票の格差訴訟に、これほど国民の期待が盛り上がったことはなかった。裁判官は国民の視線を強く意識し、国民も、正義が実現するなら司法に味方しようとしている。司法改革の成果であり、これこそが民主主義だ」と高く評価するのは、原告団の久保利英明弁護士だ。

司法を過去の清算だけではなく、現在・未来に正義を実現する手段として積極的に活用し、司法を「静から動に」変える。それが真の狙いだ。前回の衆院選直後に全国で訴訟を27件立ち上げたのも、高裁段階で違憲判決を集中的に積み上げ、早期に最高裁の無効判決確定を導き出そうという戦術だろう。

「一票の価値を平等にすることで、政治に主権者の多数決を反映させる」

東京高裁は原告団の主張を言葉どおりには採らなかったものの、「(一票の価値を)人口比例原則に近づけることは憲法上の要請である」と認めた。

「当然のこと。よく日本のコーポレートガバナンスは批判されるけれど、株主総会で一票の価値が違うことはありえないでしょう?」と長年、コーポレートガバナンスの定着に尽くしてきた久保利弁護士は語る。

十年来の司法改革の中で、中堅・若手の裁判官の間に「もっと司法が前に出て、主体的に正義を実現すべきだ」という考え方も広がっている。政治家たちが無視を決め込むなら、次はKOパンチが出ること必定だ。

   

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