寺前 秀一 氏
加賀市長(観光学博士)
2013年4月号
BUSINESS [インタビュー]
インタビュアー/本誌 和田紀央
1949年石川県加賀市生まれ。地元の山代小学校を経て東京大学法学部卒業。旧運輸省に入り、国土交通省総合政策局情報管理部長、気象庁次長、日本観光協会理事長、高崎経済大学観光政策学科教授などを歴任。新著『観光学博士の市長実践記』が話題に。
写真/平尾秀明
――「LADY KAGA(レディー・カガ)」が昨秋、観光庁長官表彰を受賞。一躍全国区になりましたね。
寺前 地元旅館組合の若手リーダーのアイデアが「神風」を吹かせてくれました。旅館の若女将や芸者さんなど、加賀温泉郷で働く女性たち60人で観光PRチーム「レディー・カガ」を結成。観光客をお出迎えする映像をユーチューブに投稿したところ3カ月で30万件ものアクセスが殺到したのです。
加賀温泉郷は金沢から南へ約50キロ。小松空港からバスで30分と便利ですが、来る2015年の北陸新幹線金沢駅開業に向けて、東京圏から金沢経由の誘客に本腰を入れる加賀市にとっても抜群のタイミングでした。
加賀温泉郷の三つの温泉「山中・山代・片山津」は和倉と並ぶ石川県の名勝ですが、これまで個別温泉の宣伝に偏り、一体感がありませんでした。柴山潟(しばやまがた)を望む水辺のリゾート片山津。かの北大路魯山人が旅館の離れに住まいながら、舌を肥やした山代。鶴仙渓(かくせんけい)の絶景や「山中節」で知られる山中――。それぞれ魅力的ですが集客が減っている。東京の人にもわかりやすい「加賀」のイメージで売り込みましょう、と私は訴えてきました。レディー・カガのヒットが地元の心を一つにしてくれたのです。「山(やま)の温泉」加賀山中、「里(さと)の温泉」加賀山代、「湖(うみ)の温泉」加賀片山津という新呼称によるイメージ戦略も好評で、毎年4月の「全国健勝マラソン」も「加賀温泉郷マラソン」と名前を変えました。
――50年ぶりに故郷帰還ですね。
寺前 国土交通省で交通・観光政策に長くかかわり、日本観光協会の理事長も務めました。観光政策で観光学博士号を取得したのは、先行研究がなく面白そうだったから。学問体系をつくる意気込みで研究に没頭しました。
観光地は訪れたときのわくわく感で、他所(よそ)との違いを一瞬にして感じさせなければなりません。しかし平均化の強い国ですから、全国どこへ行っても違いより同質化が目立ちます。地域ゆかりの観光大使任命や、ゆるキャラ、B級グルメといった「金太郎飴」は飽きられています。霞が関と学界で培った人脈、ノウハウを生かし「ふるさと興(おこ)し」に挑戦したいと思ったのは、市長選の半年前。北陸新幹線の到来に間に合うよう「クール加賀300万人構想」をマニフェストに掲げました。
――石川県の「ほっと石川」に対抗?
寺前 「クールジャパン」に引っかけて命名しました。かつては熱海と肩を並べた加賀温泉郷の入湯客数はこの20年で400万人から200万人に半減しました。一方、首都圏に近い熱海では300万人を維持できています。加賀温泉郷の東京からの顧客はわずか6%。潜在需要の大きい首都圏、特に成熟世代をターゲットにしたブランド戦略で300万人回復も夢ではないと考えています。
――温泉地が全国的に寂(さび)れるなか、どのように再興しますか。
寺前 温泉を生かしながらも温泉に頼らない「超」温泉戦略を政策の要に据えています。他に類のない、金沢とも異なる「加賀ブランド」を発信したい。それは伝統と歴史の魅力です。
第一に開窯360年の「古九谷」。石川県選出の馳浩衆議院議員による国会質問でも話題を呼びましたが、加賀を代表する伝統工芸である九谷焼のルーツは謎に包まれ、現在も「古九谷・伊万里論争」が続いています。加賀市が九谷焼発祥の地であることを、中国の世界陶磁器産地市長サミットでアピールし、古美術評論家の中島誠之助さんをナビゲーターにDVD「古九谷の謎を追う」も制作しました。
次に古式猟法「坂網猟(さかあみりよう)」のトップブランド化です。片野鴨池で、江戸時代から続く「坂網猟」で捕れる天然鴨(年200~300羽)は、まさに幻の食材ですが、この鴨に対して認証制度を確立するとともに、情報発信力のある著名人や財界人をゲストに招いた食談ツアーや晩餐会を開催しています。ブランド化のボトルネックは捕鴨(ほこう)猟師の不足。池周辺の環境保全に加え、後継者育成支援を開始しました。
そして、日本海沿岸で、旧大聖寺(だいしようじ)藩エリアの加賀市が他と異なる唯一最大のものは屋根瓦の色です。見事なくらい「赤瓦」が目立つのです。加賀橋立、加賀東谷の重要伝統的建造物群保存地区、大聖寺の山下寺院群は赤瓦でほぼ統一されています。南仏に「プロバンス・イエロー」と呼ばれるクリーム色の街並みがあるように、加賀市も「カガ・ルージュ」の街並みを再興したい。
ちなみに、東大に大聖寺藩邸跡があることをご存じですか。医学部附属病院校内で大量の陶磁器が出土し、当時の文部省も加賀藩邸跡としてきた場所が大聖寺藩邸であることがわかったのです。加賀市民の手により九谷焼製の「大聖寺上屋敷跡記念碑」が建立されています。国宝の「東大赤門」は加賀藩主前田家の御門で加賀文化の代名詞ですが、古い文化は辺境の地にこそ残るもの。加賀百万石の文化は福井県境に位置する支藩の大聖寺に、より色濃く残っているのです。
新幹線金沢駅開業の暁には、記念碑の前でビッグイベントを開催します。レディー・カガさんたちが再び旋風を起こしてくれることでしょう(笑)。金沢からのアクセスは最重要。レディー・カガのポスターで車体を包んだ「加賀温泉郷リムジンバス(レディー・カガ号)」の運行開始を検討中です。
――25年には新幹線加賀温泉駅も開通しますね。
寺前 現在の駅周辺はわくわく感が足りません。地元出身の著名建築家、谷口江里也さんをアドバイザーに健康医療・文教ゾーンを整備し、「クール加賀」のゲートウェイに相応しいものにします。温泉をはじめ多彩で質の高い観光資源の宝庫である加賀温泉郷で、「住んでよし、訪れてよし」の新しい時代の観光地づくりがしたいのです。加賀市長でありながら、加賀市を超えて観光の本質に少しでも近づいていきたいと思います。