村田 紀敏 氏
セブン&アイ・ホールディングス社長
2013年2月号
BUSINESS [インタビュー]
インタビュアー 本誌 宮嶋巌
1944年東京都生まれ。法政大学経済学部卒業。71年イトーヨーカ堂入社。90年同社取締役、2003年同社専務・最高財務責任者(CFO)を経て、05年より現職(純粋持ち株会社の社長)。セブン&アイグループの前年度の売上は8兆円を超え、連結従業員数は約13万5千人にのぼる。
写真/平尾秀明
――自民党が大勝して、衆院定数の3分の2を超える政権が誕生しました。
村田 今回の選挙結果は、政治に新しい変化を求めた国民の熟慮の選択であり、その期待が大きいだけに、新政権はおごることなく、強いリーダーシップで国民に約束した政策をスピーディーに実行して欲しいと思います。
――民主党は無残な姿になりました。
村田 民主党の失敗は「大国を治むるはを烹(に)るが若(ごと)し」(『老子』)という故事がよく言い表しています。政権交代に高ぶる民主党は官僚を遠ざけ、精通していない分野にまで嘴を突っ込み、国政を混ぜっ返しました。小魚を煮るのに掻き回したら形が崩れてしまうようなもので、普天間基地移転も原発事故処理も、時の首相がしゃしゃり出て失敗しました。民主党には政権担当のリアリズムが欠けていたと言わざるを得ません。
一方、自民党にはいい意味でのマーケット感覚がありますね。その期待感から、総選挙後に株価が上がり、為替も円安に振れました。日本経済に薄日が差してきたように思います。
――新政権に望むことは?
村田 自民党を大勝させたのは、円高・デフレを克服し、経済を立て直して欲しいという民意にほかならない。新政権の最優先課題は景気対策であり、経済の成長なくして財政再建も社会保障改革も実現不可能ですし、震災復興や新エネルギー開発などの課題解決もままなりません。安倍首相が目指すインフレターゲット2%の目標達成に向け、金融緩和や経済活性化投資など思い切った手を迅速に打ってもらいたいですね。
――消費増税は来年4月ですね。
村田 麻生副総理兼財務相は「景気が悪い中では上げない」と明言し、予定通り増税するかは、今年10月までに最終判断する意向を示しています。14年4月(8%へ引き上げ)と15年10月(10%へ引き上げ)に計画されている消費増税は、実施のタイミングと方法について、国民の心理を十分に考慮すべきです。過去の経緯から、個人消費などが大きく落ち込み、急激な景気悪化を招く恐れがあります。それはチェーンストア協会の統計数値でも明らかです。
消費税が導入されたのは89年4月。当時はバブル期で、各店舗の売上は対前年同月比5~6%伸びていました。消費税3%の影響で伸び率は2%に落ちましたが、1年後には元の水準に戻りました。バブル景気が、消費税のマイナスを吹き飛ばしたのです。
一方、消費税を5%に引き上げた97年4月は金融不況の真っただ中でした。当時、各店舗の売上は対前年同月比で横ばいでしたが、消費税をわずか2%引き上げた途端に、消費者心理は冷え込み、各店舗の売上は5%も急落しました。しかも消費は元の水準に戻りませんでした。
この増税を引き金に景気が急激に悪くなり、翌98年度の経済成長率は、当時としては戦後最悪のマイナス1.5%になりました。このため、消費税を引き上げる直前の96年度に比べて98年度の税収は、消費税収は4兆円増えたのに、所得税や法人税などが大幅に落ち込み、税収全体としては2.7兆円のマイナスになってしまった。税収を増やすための消費増税が逆効果となり、後世に残る失政となりました。新政権は同じ過ちを繰り返してはなりません。
――消費税を8%から10%に再引き上げするタイミングも難しいですね。
村田 財政当局は、サラリーマンにとって酷な給料天引きの直接税(源泉徴収税)に比べて、消費税は間接税だから痛税感が軽いと勘違いしているようです。しかし、日々のお財布からお金が出ていく消費増税は、直接税以上の痛みを伴い、国民の心理を非常に萎縮させます。本来なら5%引き上げるところを2度に分けて、痛みを和らげたのだから心理的インパクトは小さく、購買行動への影響は少ないと判断したのでしょうが、消費者心理がわかっていませんね。3%増税の1年半後に2%再増税が待ち構えていたら、消費が元に戻るはずはなく、2段階の増税で売上が激減する中小事業者が急増するでしょう。
もし、どうしても5%増税が必要だというのなら、経済状況を好転させる十分な景気・雇用対策を講じたうえで、1度に5%引き上げたほうが痛税感を抑えられるかもしれません。段階的な増税は痛みが長引く分だけ消費者心理を悪化させ、消費減退により税収が増えない悪循環を招く恐れがあります。慎重な判断が求められますね。
――連立与党の公明党は消費税8%の段階から食料品などへの「軽減税率」の導入を主張しています。
村田 そもそも消費税は広く浅く徴収するものですから、そこに深さの違いを求めるのはおかしなハナシです。食料品や医薬品などに軽減税率を導入している欧米諸国の消費税は20%前後であり、税率を5%から8%に引き上げる我が国で導入する必然性はないと思います。対象品目の線引きが難しいうえ、中小事業者の事務作業が煩雑になるデメリットもあります。将来的に導入を検討するにせよ、現場が混乱しないように入念な準備が欠かせません。低所得者対策としては、すでに現金を支給する「簡素な給付措置」の実施が見込まれています。この時点で軽減税率の導入を求めるのは、今夏の参院選向けかもしれませんね。
新政権には経験豊富な閣僚が多く、官民一体となって国難を克服する態勢が整い、よいアイデアが出そうです。安倍首相には経済を安定させ、将来への安心感を国民が抱けるような落ち着いた舵取りを望みます。消費増税を成功させるためにも、流通業の現場感覚と消費者心理というものを、新政権に伝えたいと思います。