「福島再生」に命を捧げ 事故の責任を全うする

廣瀬 直己 氏
東京電力社長

2013年1月号 BUSINESS [インタビュー]
インタビュアー 本誌 宮嶋巌

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廣瀬 直己

廣瀬 直己(ひろせ なおみ)

東京電力社長

1953年東京都生まれ。76年一橋大社会学部卒業後、東電入社。イェール大学経営大学院でMBA取得。経団連会長時代の平岩外四会長の秘書を務めた後、06年執行役員営業部長、10年常務取締役。3・11以降は、原子力被災者支援対策本部で賠償や広報を担当し、12年6月より現職。

写真/門間新弥

――11月7日に社外取締役全員で異例の記者会見を開き、「再生への経営方針」を示しました。

廣瀬 6月末に委員会設置会社に移行し、下河邉(和彦)会長をはじめ社外から7名の方をお迎えし、11名の取締役の過半を社外が占める形となり、全く新しいガバナンス体制がスタートしました。

――旧経営陣は被害者意識が強く、前会長、前社長に至っては被災自治体を回って、謝罪しようともしなかった。新体制でどう変わりましたか。

廣瀬 新たな取締役会は、発足から4カ月間に約20回の議論を重ね、平成25・26年度を対象とする経営方針と、その実施計画を決定しました。まず基本認識として、事故の当事者である東電は、公的資金援助と値上げによって存続の機会を与えられたのであり、福島原発事故への対応こそが会社の原点であるとし、その責任を全うするため「やるべきことは徹底してやり抜く」ことを、新たな使命とする。そして、取締役会のトップダウンに基づく71項目のアクション・プランをまとめました。

年間延べ10万人のボランティア

――1月1日に「Jヴィレッジ」内に「福島復興本社」を設置しますね。

廣瀬 復興本社は、福島の皆様の苦しみを忘れず共に再生するため、地元にしっかりと根を下ろした組織にします。代表には副社長が専任で常駐し、県内にある全ての事業所の復興関連業務を統括し、賠償、除染、復興推進などについて、迅速かつ一元的に意思決定してまいります。除染や復興推進業務を中心に500人規模の増強を行い、総勢4千人以上の体制にします。

――復興本社代表に決まった石崎(芳行、59)副社長は会見で「残りの人生を福島に捧げる」と発言しました。廣瀬社長と同窓(都立新宿高校)の一つ後輩ですね。

廣瀬 石崎はお母様が会津若松出身で、会津の教えは厳しかったそうです。福島第二原発の所長時代はほとんど帰京せず、地元の方々と交流を深めていました。同じく県内に常駐する常務の新妻(常正、58)もいわき市出身です。残りの命を捧げるとは、福島の皆様と心が結ばれていなければとても口に出せない言葉ですが、彼らを常駐させる私も同じ思いです。「東電の姿が見えない」とお叱りを受けてきましたが、復興本社に対する県民の期待は大きく、地元本位の経営とコミュニケーションの抜本強化を図れるものと思います。

地元に密着した活動としては、避難されている方々の帰還や県民の安心につながる除染推進に、現状の3倍となる300人規模の体制で臨みます。さらに復興支援に向けたボランティア活動に、全社員がローテーションで取り組み、年間延べ10万人の動員体制を目指します。その手始めとして、この年末年始に限って宿泊が認められた被災4市町村の約6千世帯(約2万人)の皆様の一時帰宅を支援するため、2千人体制で荷物運びや清掃などのボランティア活動に取り組む計画です。

政府が認可した総合特別事業計画では、今後10年間で3兆36
50億円のコスト削減を掲げていますが、料金査定で値上げ幅が圧縮されたため、年間1千億円のコスト削減の上積みを行います。さらに、13年4月から電力システム改革に対応し、「燃料・火力」「送配電」「小売」の社内カンパニー制に移行。管理会計を全社に導入し、社員一人ひとりのコスト意識、収益意識を高めていきます。

――その一方で、膨大な財務リスクについて、政府に追加支援を求めました。

廣瀬 被害者への賠償と除染費用を合計すると、原子力損害賠償支援機構法による交付国債枠5兆円を突破する可能性があります。仮に除染を年間1ミリシーベルトまでの低線量地域を含め実施すると、更に5兆円程度の追加費用が必要になるとの見方もあります。廃炉費用は1兆円弱を引き当てていますが、燃料デブリを取り出し、最終処分に至るには30~40年かかり、その全費用は更に巨額に上る。被災地の復興を進めていくために今後必要とみられる費用は、あまりにも莫大で、一企業のみの努力では到底負担しきれません。

――現行のままだとどうなりますか。

廣瀬 仮に交付国債枠を倍増(10兆円)して対応することになれば、当社は巨額の負担金を超長期にわたって支払うためだけに存続するゾンビ企業(事故処理専業法人)と化します。

企業劣化が加速度的に進む恐れ

――人材流失が続いていますね。

廣瀬 当社は毎年1100人の新規採用をしてきましたが、12年と13年はゼロでした。11年度の依願退職は4
65人で、10年度の3.5倍に増え、12年度は11月末までに約420人が退社し、年間では700人を超えそうです。社員総数も12年3月末の3万87
01人から、11月末までに1268人も減っています。ボーナスはなく、課長クラスで30%、一般職で20%の年俸をカット。このまま賠償・除染・廃炉の負担が「青天井」で膨らんでいき、将来への展望を見いだせない状況が続けば、若い世代がいなくなり、士気の劣化が加速度的に進む懸念があります。

――そもそも原発推進は国策であり、事故を起こした東電の責任は重いが、「安全神話」のお墨付きを与えた国も同罪です。「東電救済」への批判を恐れ、全ての負担を事業者に押し付ける現行の仕組みは、とうに破綻しています。

廣瀬 政府が選んだ社外取締役の皆さんが、当社のみでは力の及ばない財務リスクについて、国による新たな支援の枠組みを早急に検討するよう問題提起してくださったおかげで、士気と気概が戻ったように感じています。

――原賠法の見直しは12年夏、原賠支援機構法の見直しは13年夏までに実施する取り決めがあるのに、民主党政権は議論を始めようとしなかった。

廣瀬 新政権には、法律の見直しを含めしっかり議論していただきたいと思っております。「東電は逃げるのか」という厳しい批判が予想されますが、それを打ち消すためにも、世の中から「東電はやるべきことはやっている」と言ってもらえるようにしなければ――。「今頑張らなければ、他に頑張る時期などない」と、肝に銘じて日々の業務に当たるよう指示しています。

   

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