EUが全廃を打ち出したのに日本は野放し。医師出身の議員らの反対で規制は見送り。
2012年12月号 LIFE
「眼刺激性試験」で実験に使われたウサギ
新しい成分や添加物、紫外線吸収剤などを配合した美容液やクリームなどの薬用化粧品(医薬部外品)を製造販売するには、安全性確認が必要だ。薬事法により、「安全性試験」のデータを厚生労働省に提出し、承認を得なければならない。
最近申請されるデータの大半が「しわ対策、美白などをうたう新物質」(厚労省)なのだそうだ。昨今、見た目の若い中高年が増えているのも頷ける。
ところで、安全性試験の項目には、動物実験も入っている。どんな内容かご存じだろうか。
たとえば誤って目に入ったときの症状を見る「眼刺激性試験」はウサギを使う。手足で目をこすらないよう、頭だけ出して拘束器に入れ、片方の目に物質を点眼し、72時間以上定期的に観察する。「光毒性試験」はモルモットの皮膚に紫外線照射しながら、物質を繰り返し塗って変化を見る。「毒性試験」はラットまたはマウスの口に強制的に物質を投与し、症状を観察する。実験後はすべて殺される。関係者は「ウサギは痛さで暴れ、失禁し、目はつぶれ、ひどい場合は腰を抜かして死ぬこともある。むごいよ」と打ち明ける。
化粧品ユーザーにはいささかショックな内容だが、動物実験をめぐっては、海外で大きな変化が起こっている。
米国では動物福祉法や情報公開法により、動物実験がきわめて透明化されている。エスティローダーやエイボンなど「動物実験をしていません」と標榜する有名化粧品会社も多い。
この上を行くのがEUだ。1986年、化粧品指令に①実験動物の苦痛の軽減、②使用数の削減、③代替法の活用、の「3Rの原則」が盛り込まれた。09年からは化粧品の動物実験を段階的に禁止し始め、代替法の開発と採用促進を進めてきた。来年3月以降には、全面的な禁止に踏み切る予定だ。
こうした動きは日本にも影響を与えた。それまで3Rのうち苦痛の軽減の義務だけしかなかったが、05年の動物愛護管理法の改正で、数の削減、代替法活用が配慮事項として加わった。同年、新規開発された代替法の妥当性を評価する「日本動物実験代替法評価センター(JaCVAM)」も設置された。
ただし、JaCVAMで評価を行う専門の職員は1人しかおらず、年間予算も約2500万円に過ぎない。このため「EUの欧州代替法評価センター(ECVAM)に協力してもらったり、民間の研究所に委託しているのが実情」(関係者)。ちなみにECVAMの人員は約150人、予算はJaCVAMの100倍以上はあるとされる。
民間では資生堂、花王など一部大手が代替法研究に力を入れる。資生堂は11年、自社の動物実験を廃止した。来年には委託も含めて完全に止める目標を掲げ、培養細胞の使用、コンピューター予測、複数の方法の組み合わせなどの研究に取り組む。しかし業界全体では動きが鈍い。
その一因に、代替法研究が簡単にはできないことがある。小島肇・JaCVAM新規試験法評価室長は「代替法では、動物から分かる可能性や情報の100分の1しか情報が得られないこともある」と話す。企業にとって「承認されない可能性もある代替法開発より、動物実験のほうが手っ取り早い」(同)。
代替法開発で日本は「優れた技術を持っているのだが、人と金が足りないために後れを取っている」(関係者)。一昨年、こうした日本の消極的な姿勢を憂慮し、欧州の商工会議所が「厚労省はいまだに動物実験を義務付け、代替法の妥当性確認を行っていない」などと批判した。厚労省は「誤解がある」として、あわてて関係業者に「OECD(経済協力開発機構)などで認可された正式な代替法を使って申請しても差し支えない」などとする事務連絡を出している。
日本でさらに問題なのは、動物実験に対し規制が緩いことだ。動物愛護法の3Rの原則のうち、数の削減と代替法の活用は義務ではない。厚労省は同法に基づいた指針により、所管の動物実験施設を指導しているが、管理運営は各施設の自主性に任されている。そもそも国は、どこにどんな実験施設があるのか全体像を把握しておらず、事実上野放しなのである。
こんな不透明な状態を改善しようと、今年8月末に成立した改正動物愛護法では当初、動物実験施設の届け出制、使用数の削減と代替法活用の義務化を盛り込むことが期待されていた。しかし医学界、製薬業界などが「現行の自主管理で問題ない」と猛反発。5月、民主党の動物愛護対策ワーキングチームが法案骨子を議論した際、医師系議員らの強固な反対で実験動物の項目はすべて削除された。
当時、同党政策調査会長代理だった桜井充厚生労働副大臣や吉田統彦(つねひこ)衆議院議員は、いずれも医師で規制強化に難色を示したとされる。本誌の取材に桜井氏は「医療や創薬の分野で適切に実験を行えるよう主張したが化粧品には言及していない」と回答。吉田氏は同党案に総論で賛成したとしながらも、削減の義務化などを盛り込むことに「熟慮や工夫が必要」と返答した。
日本動物実験代替法学会長の黒澤努・大阪大准教授は「日本ではいまだに温湿度設定、麻酔処置や症状の把握が適切でないなど、国際基準からかけ離れた施設が見受けられる」と指摘。「規制強化により現場の環境も改善されるはず」と話す。
NPO法人「動物実験の廃止を求める会」の亀倉弘美理事は、「美しくなるために動物実験はいりません」と訴える。確かに、新たな効能をうたう医薬部外品でなければ、化粧品の動物実験はしなくて済むのである。ペットを家族の一員と考える人が増え、動物愛護の意識は高まっている。動物実験はイメージが悪く、企業も消費者に「実態は知られたくない」のが本音だ。EUで全面禁止となれば、風当たりは今後、さらに強まるだろう。
8月末の改正法可決時に、「3Rの実効性の強化によって実験動物の福祉の実現に努めること」という附帯決議がついた。この決議を最大限活用することが、動物のみならず企業にとっても必要な道ではないか。