「インプラント治療」が日本から消える!

「危害」報道ラッシュで患者が激減。専門医が海外に逃げ出し、国内では手術が受けられなくなる恐れ。

2012年12月号 LIFE

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爆発的なブームとなった歯の「再生」治療=「インプラント」。歯科医の間に激震が走ったのは、今年1月18日のこと。NHKの夜の報道番組「クローズアップ現代」のナレーションは、こう切り出した。

「今、手術の際に神経を傷つけたり、骨を突き抜けたりして激しい痛みが残るなどのトラブルが急増しています」

次々と映し出される被害患者や歯科医たちの生々しい証言。番組を見た都内のインプラント専門の歯科医は嘆く。

「過去にインプラント患者の死亡例やトラブルが報道されたことはあったけれど、世間はレアケースだと受け止め、患者は増え続けていた。その流れを止めたのがNHKのあの番組。潮が引くように患者が激減していった……」

決して誇張ではない。その後の受診数は明らかではないが、施術数の指標であるインプラントの部材販売実績は「今年に入って、最盛期の7割を切るほどまでに落ち込んだという大手インプラントメーカーのデータがある」(部材メーカー関係者)。

「国民生活センター」が警鐘

ご承知のようにインプラント治療とは、チタン製の人工歯根(インプラント本体)をあごの骨に埋め込み、これを土台にして人工の歯を取り付ける歯科技法。1960年代のスウェーデンが発祥の地で、日本には80年代に導入された。今では国内歯科施設の2割に当たる約1万5千医院で行われており、歯科医にとっての魅力は、それが自由診療にある点。虫歯治療や入れ歯のような保険適用とは違って、治療費を自ら設定できるのだ。

「かつては大学病院に数日入院して1本百万円もかかるような『外科手術』だったのに、今では開業医でも日帰り施術が当たり前。『治療費数万円』なんて広告する輩まで現れ、インプラントは手軽な治療として患者が激増。トラブルも数知れない」(歯科行政に詳しい医療記者)

実は、先のNHK報道には伏線がある。放映前月の昨年12月、国民生活センターが、過去5年(06~11年)のインプラント治療にまつわる相談件数が2千件を突破、体調不良や身体的トラブルといった「危害」を受けたケースが343件に上ったと発表し、警鐘を鳴らしていたのだ。

「施術後5カ月が経過したのに炎症が治まらず、抗生物質をずっと服用。担当医が信頼できず、大学病院にかかったところ、土台からやり直した方がいいと言われた。代金の精算はどうなるのか」(都内の50歳代女性)

「抜歯手術を2回したら数日後に大量出血。修復可能と言われて3年通院したが、今も仮歯のまま。大学病院に転院したいのに、それは困ると言って認めてくれない」(福岡県内の60歳代女性)

こうした「危害」情報は、同センターのホームページで今も見ることができる。前出の医療記者は「国の機関が被害を公表したインパクトは大きく、お墨付きをもらったNHKや大手マスコミがインプラント批判キャンペーンに飛びついた」とメディア事情を解説する。

治療被害を拡大させている原因は、歯科医の技術力の未熟さとは限らない。「医療機関の広告は医療法により規制されているのに、インプラント広告は規制のらち外。これがトラブルを増幅させている」(厚労省関係者)

インターネットやフリーペーパー、折り込みチラシの広告を見ると、「99.9%治しきる」「患者様と信頼関係を築き、一生お付き合いできる最高レベルの治療を提供します」などと、いくら規制対象外とはいえ、歯の浮くような宣伝文句が並ぶ。芸能人や著名人が受診していると謳うケースは常套手段。果ては「消費税還元」「開業記念セール実施中」「先着百名様まで大割引」などと、まるでスーパーの大安売りだ。これが、まともな歯科医療というつもりだろうか。

「誇大広告は論外です。そもそも外科的手術を施すわけだから、治療前にインプラントの危険性を十分説明する義務があるのに、それを歯科医側が怠り、訴訟に発展するケースが頻発している。全国横断的な弁護士グループの『ブリッジルーツ』が注意義務の周知徹底を促すセミナーなど手がけていますが、インプラントを手がける歯科医が多すぎて、とても追いつかない」(都内の弁護士)

コンビニより多い歯医者

忘れてならないことは、海外研修を積んだ優秀なインプラント歯科医の存在をよそに、被害の拡大と異様な広告合戦の横行を招いた、そもそもの原因は、歯科医の粗製乱造を許してきた国の歯科行政にある。

本誌は07年8月号(タイトル=哀れ、街に溢れる「貧乏歯科医」)で、過剰な歯科医の窮乏化をいち早くレポートしたが、一向に改善の兆しは見えない。厚生労働省の調べでは、歯科医は全国に約10万1千人、歯科施設は6万8千を数える。本誌が「コンビニより多い歯医者」と書いたたとえは、すっかり定着してしまった観がある。

医療経済実態調査によると、09年6月時点の開業歯科医の平均月収は120万円。格差が激しく、下位20%の歯科医は月収15万円に甘んじている。つまり、年収200万円以下のワーキング・プア歯科医が、街に溢れているのだ。

増え続ける歯科医と誇大広告の横行――。本来、対策に乗り出すべき厚労省は手を拱いている。その言い分は「インプラントは自由診療で、金持ちが受ける治療。国に期待されても困る」(厚労官僚OB)。おかげで、とんでもない結末を迎えつつある。前出の医療記者は語る。

「国内に患者がいなくなったため、優秀なインプラント医は、どんどん海外に出て行きます。このまま放置すれば、まともなインプラント手術が、日本では受けられなくなる。まるで原発ゼロの政府方針を受けて、日立製作所が英国の原発企業を買収して海外進出するようなもの。原発技術者が日本から逃げ出すのと同じことがインプラント専門医の間でも起こっています」

あれほど盛んだったインプラント治療が我が国から姿を消し、お金持ちだけが海外でインプラント手術の恩恵に預かる――。そんな悪夢がよぎる。

   

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