「なりすましメール」無能警察粛清

誤認逮捕で自白強要が続々明るみ。サイバー音痴の県警本部長や警察庁幹部は詰め腹か。

2012年12月号 DEEP

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「警察だけでは限界がある。とにかく民間の優れたハイテク技術の力を借りないと、真犯人にはたどりつかない」。10月末、記者クラブとの懇談会で、樋口建史警視総監は忌々しそうにそう語ったという。

総監に歯軋りさせた事件とは、パソコンの遠隔操作によるなりすまし事件である。インターネットの掲示板などに殺人予告といった悪戯の書き込みをして社会を翻弄する「ネット愉快犯」に対し、警察はプロバイダーなどの協力で発信源のIPアドレスを割り出して“犯人”を特定してきた。ところが、実はパソコンを遠隔操作されていたとも知らずに誤認逮捕していたことがわかって、警察にとっては前代未聞の失態となった。

釈放のドミノ現象

10月9日に真犯人を名乗る人物からTBSと落合洋司弁護士宛てにメールが送り付けられ、一斉に報じられたことで「釈放のドミノ現象」が起きている。

大阪府警は「日本橋のヲタロードで大量殺人をする」などと脅迫メールを大阪市に送り付けていたとして逮捕していたアニメ演出家の北村真咲氏を釈放。続いて三重県警も「伊勢神宮を爆破する」などとネット掲示板に書き込んだとして逮捕していた男性を釈放している。

警視庁も、秋篠宮悠仁親王が通うお茶の水女子大附属幼稚園に襲撃予告メールを送り付けたとして、福岡県早良区に住む28歳男性を逮捕していたが釈放した。理由は逮捕者のパソコンが遠隔操作、つまり踏み台にされて第三者の手で操作されていたことが判明したからだ。

警察は全て誤認逮捕だったことを認め、釈放した男性らに直接謝罪した。そもそもIPアドレスでわかるのは、どのパソコンから書き込まれたかということだけで、誰が操作していたかはわからない。そのイロハもわきまえずに取調室で「白状しろ」と迫り、自白調書を無理強いしたのだ。

「パソコンの持ち主や設置状況、動機についての徹底した捜査が重要だった」(サイバー捜査関係者)と悔やむが後の祭りだ。“真犯人”は、遠隔操作して誤認逮捕させた事件名、自分が開発したという遠隔操作ウイルスを弁護士宛てメールに書いてきた。

「ウイルスは既成の亜種ではなく、私が一から開発したものです。まだ公表されていませんがiesys・exe(アイシスエグゼ)が実行ファイル名です」

警察の依頼を受けて、このメールを解析した情報セキュリティー会社によると、“真犯人”がウイルスに改良を重ねた痕跡が見られるという。この会社が入手したウイルスは二つ。基本機能は同じだが、バージョン番号が片方は2.23、もう一方は2.35で、後者はデータを外部に送信する機能が改良されていた。“真犯人”がメールで送り付けネット上に保存していた操作マニュアルには、感染させたパソコン内のウイルスを遠隔操作でバージョンアップできる機能まで記載されていた。

「ウイルスにバージョン番号がつけられるのは珍しい。作成者は几帳面な人物ではないか。既存のプログラムを流用したり、作成ツールを使った形跡もないので、プログラマーなどの経験がある人物でしょうか」(情報セキュリティー会社幹部)

仕掛けた罠も巧妙だ。ネット掲示板「2ちゃんねる」に貼り付けられた無料ソフトのリンク先をクリック、ダウンロードして感染したとみられる。「2ちゃんねるに記録開示を請求しているが反応が鈍く、温床になった自覚がない」(警察関係者)というが、2ちゃんねる摘発も尻すぼみで八つ当たり気味だ。

10月、警視庁など四つの都府県警は警視庁麹町警察署に合同捜査本部を設置、警視庁の吉田尚正刑事部長を本部長に140人体制で捜査にあたっている。「警視庁からは捜査1課のハイテク班、捜査支援分析センター、サイバー犯罪対策課の精鋭が招集されている。各警察からもサイバー捜査の一線級を投入している」(捜査幹部)と幹部は強調するが、サイバー空間での捜査能力が現状に追いついていないという声が現場から上がる。

「捜査本部でも、どうやって追い詰めるのか、犯人にたどり着くのを絶望視する声もある。これまでのタイプの被疑者ではない、まったく新しいタイプとみている」(捜査本部員)

「サイバー捜査では民間のエンジニアを特別捜査官として中途採用してきたが、最先端の動向やセキュリティー対策はまだ自前ではできない」(捜査幹部)

公安最強部隊が動く

都下のある警察署。10月、デスクの電話が鳴った。「力を貸してほしい」。電話の主は公安部幹部、頼まれたのは公安でサイバー捜査に関わった経験のある警察官だ。「刑事部だけでは前に進まない。密かに捜査を始めてほしいとの内容でした」

警視庁公安部の最強サイバー捜査が動き出しているという。「公安総務課の担当をはじめ、管内の所轄に出ている捜査員を都内の分室に集め、捜査をスタートしている。ネットの住人の協力者からの情報収集や逆になりすます捜査など、あらゆる公安的手法から犯人へのアプローチを進めている」(公安関係者)

警察庁の片桐裕長官は10月19日の全国警察本部長会議で「遠隔操作ウイルスの可能性がつきまとうことを肝に銘じ、サイバー捜査では解析の徹底、供述と解析結果の慎重な吟味をしてほしい」と述べている。警察当局のいわば「敗北宣言」とも取れる言葉だった。

警察の人事にも影響を及ぼしている。「三重と大阪の本部長は来春で異動確実。かつて志布志事件の時の鹿児島県警本部長だった神奈川県警の久我英一本部長は相当重い処分となる可能性がある」(警察関係者)

神奈川の事件では遠隔操作で未成年の少年を逮捕してしまい、他県と同様に県警が謝罪し、少年側への刑事補償が検討されている。また長官、総監レースにも影響を及ぼすとの声もある。「片桐長官と樋口総監は警察庁では生活安全局畑で、防犯カメラの拡大やサイバー捜査などいわゆる防犯警察の分野を後押ししてきた。刑事畑の米田壮次長や舟本馨刑事局長が詰め腹を切らされ、片桐長官と樋口総監がともに異例の長期政権になる可能性がある」(警察関係者)

   

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