2012年7月号 DEEP
慶応大学の人気准教授に「経歴詐称」疑惑が浮上、慶応も政府も困惑しきっている。
6月10日付日経朝刊のビジネス書ランキングで、5月24日に発売されたばかりの『媚びない人生』(ダイヤモンド社)が堂々第6位になった。著者はジョン・キム、慶応大学院政策・メディア研究科の金正勲特任准教授である。本や研究室のHPなどに載っている経歴がすごい。
1973年韓国生まれ、中央大学に留学、米インディアナ大学博士課程修了、英オクスフォード大学上席研究員、欧州連合標準化(CEN)戦略専門委員、米ハーバード大学法科大学院客員教授、ドイツ国防大学上席研究員……名門大学や機関を網羅し「肩書マニア」さながらだ。
ところが5月27日、個人サイト「ジョン・キムの視点」にハーバードでの肩書をvisiting scholarに訂正、「混乱を生じさせた方々にはお詫び申し上げます」と短い謝罪文が載った。客員教授とは格が大違いで、一時出入りが許されたにすぎない。
それが「白熱教室」のマイケル・サンデル教授ばりに『逆パノプティコン社会の到来 ジョン・キムのハーバード講義』(ディスカヴァー携書)なんて本まで出版している。誤記にしては念が入り過ぎ、すでにネットでも「欧州人以外はCEN専門委員になれない」などの疑義が生じ、オクスフォードもドイツ国防大学も上席でなくvisitingだったと認めたという。
慌てたのは政府だ。この水増しの経歴を真に受け、IT戦略会議民間委員など内閣官房や総務省、経済産業省、文化庁などの政府委員にしていたからだ。いくら慶応ブランドとはいえ、身体検査もしなかった責任論や、紹介者は誰かの犯人捜しでてんやわんやとなっている。
深刻なのは08年ごろから、政府の知財本部、IT戦略本部、内閣官房情報セキュリティセンター(NISC)の検討資料が韓国に流出していたこと。韓国検索サイトNAVERの諮問委員でもある金准教授が流したと疑われている。真偽のほどは定かでないが、韓国の情報機関安全企画部や韓国大使館の手先説も……。
慶応も慌てている。経歴詐称は論文偽造と同じく、大学研究者は一発退場のはず。准教授解任の有無を聞いた本誌の質問状に「お答えできません」とだんまり。04年に慶応DMC(デジタル・メディア・コンテンツ統合研究機構)の准教授に就いた時の紹介者は法科大学院の小泉直樹教授とされ、政府へは中村伊知哉、国領二郎教授らが後見役を務めてきたから、処分となると大学全体を揺るがす「慶応ゲート」に発展する。
フジテレビで解説キャスターを務め、甘いマスクで六本木ヒルズの住居棟に住んでいるのは「妻が外資系勤務」とリッチだからだそうだが、その私生活も謎だらけだ。
本人は反省して慶応は今年度限り辞める意向だそうだが、ダイヤモンド社は「絶版の考えはない」と断言した。本の腰巻に「従順な羊ではなく、野良猫になれ」とある。そんなら野良猫になればいい。(敬称略)