逮捕前の「谷絹子」と中国大使館武官の接点

2011年12月号 DEEP

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東京・港区の閑静な住宅街にあって、複数の在日公館にもほど近いその高級マンションは、時ならぬ逮捕劇で騒然としていた。10月3日のことである。本誌7月号で報じた大阪のカリスマ女性経営者、谷絹子(61)が、ついに大阪地検特捜部に民事再生法違反容疑で逮捕されたのだ。

民事再生法を申請した際、虚偽の報告などをしたというのだが、口八丁手八丁の“虚業家”谷は、みずほ銀行、三井住友銀行などメガバンクはもとより、株式会社化されながらも旧政府系金融機関の根っこを残し、財務省天下り先という“キメラ”である日本政策投資銀行も含め10行を手玉に取っていた。実態のない中国ビジネスに総額360億円もの融資を引き出していたのである。

手口は幼稚そのもの。銀行の融資担当者たちを連れて、上海市の現地法人に視察旅行を繰り返しては、銀行を安心させてきた。ご丁寧にも上海国際空港内にあるVIP専用の部屋を使っていたともいわれる。

実は、大量に衣料品が船積みされたかのように装っていただけ。家族ぐるみでL/C(信用状)の偽造や改竄をせっせと行う子供だましの手口が20年以上も続いた。谷が創業した服飾卸会社「U・F・O」の平成21年7月期の売上高は895億円だが、実際の売上高は10億円にも満たず、237億円もの巨額資金が不明朗な仮払金、つまり使途不明金として処理されていた。

この237億円は一体どこに流れたのか。1975年にファーストトレーディングという香港企業を設立して以来、谷は中国一筋だっただけに、ヒントはかの国にあるようだ。

谷周辺に奇妙な動きが見え始めたのは本誌の記事が出てから。谷が住んでいた家賃月200万円という高級マンションに、見慣れぬ車が頻繁に出入りするようになった。時には車から谷が降りてきたり、彼女の部屋に複数の中国人らしき男性が度々出入りする姿が目撃された。

車は白いワゴンで、青いナンバープレートにはマルで囲んだ「外」の字。外交官用の車である。監視していた日本の捜査当局は、ナンバーから中国大使館の所有車であることを確認している。

「中国大使館でワゴン車を使用するのはほとんどが武官部。つまり、駐在武官が所属している部署です」(警視庁公安関係者)

現在、東京・元麻布の中国大使館には国防武官と陸軍武官、同副武官の計4人が駐在しており、その下につく事務官たちがワゴン車などの運転にあたっているという。谷と接点を持ち、度々接触していた武官の名も、日本の公安は突き止めた。

陸軍武官、趙軍という。

北京出身の趙の日本駐在は今回が2度目。前回の副武官から昇進し、今は上級大佐の肩書を持つ。当然ながら趙は警視庁公安部の行動確認対象であり、谷と接触していることも明らかとなったが、日本の“女詐欺師”と中国武官という奇妙な組み合わせが、何を意味するかはまだつかみきれていない。

だが、人民解放軍が権力をカサにビジネスも手がけていることは周知の事実。谷が今もって口を割らない使途不明金の流れた先が、中国本土であっても不思議ではない。谷は現地の中国人を800人も雇用し、北京政府からも感謝されていると吹聴していた。自著『中国ビジネス 虎の巻』の中で、中国ビジネスの心得としてこんな文句を残している。

「法律が未整備な中国では、何かあると政府が一斉に大きな網をかけ、後から調整していくという手法を取ります。ひとたび決まれば、実行のスピードは非常に速く、有無を言わせない強制力を持っています」

ビジネスもすべて行政、政治の世界のサジ加減一つ、と自らの人脈を誇りたかったのだろうが、解放軍に貢いだ「井戸を掘った人」谷自身、実は大きな網にかけられていたのではなかろうか。趙には帰国命令が出るかもしれない。(敬称略)

   

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