スマホに活路サムスンの「有機EL」

有機ELを搭載した「ギャラクシー」でアップルのiPhoneやiPadに真っ向勝負。年間2億枚生産体制の勢いだ。

2011年12月号 BUSINESS

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サムスンの有機ELモデルのウェブサイト

パナソニックがテレビ事業を縮小する。兵庫県尼崎市にあるプラズマパネル工場の生産能力を半減し、液晶パネルは千葉県茂原市の工場を売却、兵庫県姫路市の工場は減損処理する。ソニーは相変わらずテレビが業績の足を引っ張り、シャープも生産能力の過剰にあえいでいる。

韓国のサムスン電子といえども青息吐息で、テレビ事業は米ビジオのような格安メーカーを除けば総崩れの様相だ。

ただしディスプレー産業が消滅したわけではない。スマートフォンやタブレットPCの表示と操作を担うタッチパネルと一体化した中小型液晶パネルは絶好調だ。

巨大市場に気づかぬソニー

タッチパネルは指で押したり、こすったりして使うが、液晶パネルは元々触られることを想定していない。特にシャープやサムスンがテレビ用に製造するVA(垂直配向)方式は液晶の分子がまっすぐ立ったり、横に寝たりしてバックライトの光の透過を制御する。指で押すと立っている分子が傾いてしまい映像がにじむ弱点がある。

これを嫌った米アップルは「iPad」や「iPhone」に、韓国LG電子製のIPS(横電界)方式の液晶を採用し、タッチパネルと組み合わせた。IPSは液晶分子が横に寝ており、これを回転させて光をコントロールする。構造的に、操作時に指で上から押しても映像がにじみにくい利点がある。IPSの技術開発元は日立製作所で、その流れを受け継ぐのがパナソニックの茂原工場や姫路工場だが、パナは大型テレビばかりに目が向かい、中小型液晶への備えを怠った結果が今回の大幅な事業縮小につながった。

IPS液晶の調達先をLG一社に依存するリスクを回避するため、アップルはシャープに1千億円を提供し、中小型液晶の生産ラインを確保しようとしている。これは「シャープお得意のVA方式ではなく、IPSもどきの横電界スタイル。特許の問題をどう処理したかは明らかでない」(家電業界関係者)という。アップルは同様の契約を東芝にも打診している。

テレビ・ディスプレー産業に強い米調査会社ディスプレイサーチはiPhone発売と相前後するタイミングで、薄型テレビのセミナーにタッチパネルのセッションを設け、潜在的な市場規模の大きさを強調してきた。ところが、急速に台頭するタッチパネル市場の将来性を見誤ったところに、日本のエレクトロニクス産業のおごりがあった。

スマホ、タブレットPCとの相性の良さでIPS液晶を上回るデバイスがある。有機EL(エレクトロ・ルミネッセンス)だ。厚さ数十ナノ(ナノは10億分の1)メートルのプラスチック薄膜に電気を流して光らせるため、こすろうが叩こうが影響は受けず、薄くて軽い。バックライトが全面で常に光っている液晶と違い、必要な個所だけ発光する有機ELは消費電力が小さいという利点も備えている。

小さな画面上のアイコンはどうしても凝視される。エッジがぎざぎざ、あるいは不鮮明だと魅力が半減する。今後は300dpi(1インチ当たり300ドット)の表示能力が標準仕様になるとみられる。ソニーが11型テレビで高精細の表示能力を実証済みの有機ELはこの面でも有利だ。

だが、ソニーはスマホやタブレットPCの巨大な市場に気づかなかった。画面を大型化することにこだわるもコストが下がらず、放送局用の高価な25型有機ELモニターを売り出す段階で足踏みしている。

逆に中小型サイズに有機ELの活路を見いだしたのがサムスンだ。ソニーと同様にテレビに搭載するべく大型化の道を探り、果たせずにいたが、幸運なことにタッチパネル市場が立ち上がり、息を吹き返した。「ギャラクシー」と名づけたスマホやタブレットPCに有機ELを搭載。アップルのiPhoneやiPadに真っ向から勝負を挑む。4型換算で2011年末には2億枚の生産体制を整える構えだ。

「大画面EL」にかける日本勢

世界で唯一、有機ELの量産ビジネスに乗り出したサムスンに対し、日本の製造装置メーカーは納入を競う。ソニーとの共同開発で蓄積した貴重なノウハウも一緒に流出してしまった。

そして今、サムスンは中小型有機ELでの儲けを大型化につぎ込もうとしている。またLGもアップル向けIPS液晶で得た利益を大型の有機ELに振り向けようとしている。サムスンとLGの猛烈なライバル意識も作用して大型有機ELの開発競争は韓国で熾烈を極め、日本勢は取り残されてしまった格好だ。

液晶テレビのコモディティー化が進み、それが利益の出ない商売になってしまったのは明らかだ。しかしテレビ抜きの生活が考えられないことも明白。これからテレビを供給していくのは世界の一大液晶パネル基地と化した中国だろう。

サムスン、LGは価格面で勝てないと見て有機ELシフトを敷く。どこも製品化できていない大画面・高精細の有機ELテレビなら、中国製の安価な液晶テレビと差別化できると判断している。液晶パネルがブラウン管を駆逐したのと同じシナリオを描いているのだろう。

画質ばかりが有機ELの武器ではない。その証しが、アメリカ環境保護局(EPA)が推進する電気機器の省電力化プログラム「エナジー・スター」だ。対象となる製品は家電製品から産業機械、コンピューターまで幅広い。このマークがついていないと北米、EU、オーストラリア、ニュージーランド、日本、台湾などの有力市場から実質的に締め出されてしまう。来年5月に施行される最新規定バージョン5では50型以上の大画面テレビは消費電力を108ワット以下に抑えねばならない。現在の液晶テレビやプラズマテレビでは達成がギリギリの数値だ。さらに、次のバージョン6では85ワットに引き下げることを検討中だという。このハードルをクリアできるのは有機ELテレビしかないため、韓国勢は実用化を急いでいるのだ。

日本のNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の次世代ディスプレー開発プロジェクトが掲げる目標は40型で消費電力40ワット。この水準だとエナジー・スターのバージョン6もクリアできる。今年春のシンポジウムでサムスンの関係者はNEDOのプロジェクトに参加できないか打診したという。国税を投入したプロジェクトなのでお引き取り願ったが、まだ日本のテレビにもかすかな希望の灯火が残っている証しだ。LGはソニーが開発し、現在は半ば諦めているレーザーを用いた有機ELパネル製造プロセスを独自に進化させようとしている。

今となっては中小型有機ELでサムスンに追いつくのは至難の業だろう。大画面の有機ELだけが日本のエレクトロニクス産業がディスプレー分野で生き残るために残された希望だ。有機ELをどう伸ばし育てていくのか、国内電機各社首脳の、そして民主党政権、経済産業省の覚悟が問われている。

   

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