ぶっ飛ぶ「日本初LCC」驚異的な運賃で勝負!

井上 慎一氏 氏
ピーチ・アビエーションCEO

2011年9月号 DEEP [インタビュー]
インタビュアー 本誌 和田

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井上 慎一氏

井上 慎一氏(いのうえ しんいち)

ピーチ・アビエーションCEO

1958年神奈川県生まれ。82年早大法学部卒業、三菱重工業入社。台湾、北京駐在を経て、90年全日本空輸に転職。2004年北京支店総務ディレクター、08年アジア戦略室長(香港)、10年LCC共同事業準備室長。今年2月日本初のLCC、Peach Aviationを設立、代表取締役CEOに就任。

――井上さんがANAを飛び出して日本初のLCC(Low-Cost Carrier=ローコストキャリア)を設立した経緯をお聞かせください。

井上 忘れもしない2008年1月16日。北京支店のディレクターとして10支店約600人のスタッフの人事・労務・財務・危機管理を担当していた私は、前社長の山元さん(峯生氏、昨年急逝)から東京に呼び出されました。「LCCのモデルを使ってアジアの流動を取り込め!」と命じられ、すぐさまアジア戦略室長として香港に飛びました。私の任務は、LCCとは何かを調べ尽くし、人脈を築き、具体的なビジネスプランを練り上げることでした。山元さんからは「勉強なんかするな。早くやれ。3年以内に飛ばせ!」と叱られ続けました(笑)。

コンペを勝ち抜いた「peach」

――なぜ、井上さんに白羽の矢が?

井上 山元さんが亡くなった今となってはわかりません。中学時代に中国にハマり、大学時代に北京大学に留学。新卒で入社した三菱重工で北京と台湾、ANAで北京と香港に駐在し、ずっと中国圏をうろうろしていたからかもしれません(笑)。今年2月に新会社を設立し、5月24日に正式社名を「ピーチ・アビエーション」に決め、通称「peach」のブランドロゴと、フーシア色の機体デザインを発表しました。7月7日に国土交通省から航空運送事業の許可を得、来年3月に大阪(関空)から福岡、札幌の2路線、5月からソウル(仁川)への国際線も飛ばします。

――peachとは思いきったネーミング。これまでのエアラインになかった斬新さです。

井上 肩肘張らず、気軽に乗ってみたいと思われるような遊び心のあるブランドにしたかった。宣伝費はかけられないので、いちど聞いたら忘れない名前がベストで、他社との差別感も必要です。さらに、我々のお客さまはアジア中心ですから、彼らに親しまれる名前でなければ。ナショナル・フラッグのオフィシャルで堅いイメージに比べ、我々は女性っぽくカジュアルでありたいと思いました。

候補は500ぐらいありましたが切れ味がない。たとえば、フルーツの名前はどうか? 東アジアで愛される果物で、幸せとか、若々しさとか、芳香とかを想起させるものはないか。「たとえば桃は?」と投げかけたんです。桃と言えば日本では桃太郎ですが、中国では孫悟空がかじる不老長寿の象徴なんです。中国のお金持ちは、日本の高価な白桃を土産に持って帰り、目上の方の長寿と招福を願う。「欧米人にはちょっと」という声もありましたが、我々のお客さまはアジアだから心配ご無用(笑)。最後は株主も加わったコンペを勝ち抜きました。嬉しかったのは、第2の大株主である香港の投資会社、ファーストイースタン・インベストメントのビクター・チューさんが「桃はいい!」と絶賛してくれたことです。

――筆頭株主のANA(33・4%)に次ぐ外資規制上限33.3%を出資するファーストイースタンのチュー代表との出会いは?

井上 ANA会長の大橋(洋治)から紹介を受けました。ピーチにANAの企業文化を持ち込んだら失敗する。外資導入は不可欠と思いました。ファーストイースタンは中国本土のインフラや金融への投資で知られますが、日本企業への出資は初めて。チューさんの狙いは明快です。中国のお金持ちは3~4時間のフライトなら、必ずエコノミークラスでやってきます。彼らはF1グランプリの特別席に陣取り、築地の料亭で贅沢をしても航空運賃にお金を使いません。中国人の消費行動を知っているチューさんは日本ブランドのLCCはアジアの新規需要を呼び起こすと見ているのです。

――世界で最も成功しているLCCは?

井上 欧州都市間を驚異的な運賃で結び、世界最大のLCCとなったライアンエアが面白い。ライアンは「LCC原理主義」を守り、客に媚びすぎることがありません。「トイレの有料化」とか「立ち席」とか、常に「我々はあらゆるコスト削減のチャンスを逃さない」というメッセージを表明しています。「ライアンは嫌い」と言う方も多いのですが、それだけブランドのエッジが利いている証拠です。2010年のライアンの旅客数は7100万人で国際線ナンバーワン。リーマン・ショック後、世界の航空会社は軒並み赤字になりましたが、ライアンは09年も黒字でした。「愛想がない」「雑だ」と言われますが、その経営は非常に優れており、従業員の給料もマルチタスクだから高いのです。

――ライアンの元会長、パトリック・マーフィー氏をアドバイザーに招いていますね。

井上 香港時代に雑誌で見た人がおられるので「全日空の井上です。いろいろ教えてもらえませんか」と、極めて乱暴に名刺を差し出しました。こっちの熱意が通じたのか、たいへん親しくなり、今日に至っています。

「関西のお客さま」がリトマス紙

――我が国に就航するLCCは9社21路線。そのシェアは約3%ですが、欧米ではLCCのシェアが30%を超えています。

井上 韓国ではシェアが急拡大しています。日本でも5年後には30%に達するでしょう。

――ANAの客を奪うことになりませんか。

井上 欧州でオープンスカイが実現した97年から07年までに航空旅客が倍増しましたが、その増加分の大半はLCCが開拓した新しいお客さまでした。一方で、既存の航空会社の旅客数はほとんど横ばいでした。ANAとしては、航空需要のパイが増えることで、自社にもメリットがあると判断したのです。

――ANAはマレーシアのLCCの雄、エアアジアと合弁で、成田拠点のLCC「エアアジア・ジャパン」を設立するそうですが。

井上 昨年5月、国土交通省は「成田と関空にLCCターミナルを作り、空港賃料や着陸料など公租公課の面でもLCCに必要な環境を整える」という方針を打ち出しました。急増するアジアのインバウンドを取り込むことが、我が国の成長戦略につながるからです。成田空港はANAのハブ空港。エアアジアとの新会社と、当社のめざす方向は自ずと異なります。

我々は関空拠点の強みを最大限に生かしたい。関西圏には2千万を超える人口と韓国に匹敵するGDPがあります。おまけに、アジア各都市からは東京より近く、その需要を取り込みやすい。スタートは2機態勢ですが、2年間で10機を導入する計画です。

――正規の半値以下の格安料金で5年後に年間600万の利用者を見込んでいますね。

井上 コスト意識が徹底した関西のお客さまにご満足いただける、驚異的な運賃にします。7月5日には、大阪市内で客室乗務員募集のビラ配りをしました。コストは25万円ですが、約90人の募集に4千人の応募がありました。本社は関西空港島のビルから撤退した元デパートの売り場に机とイスを並べただけです。ケチケチを徹底させ、ピーチはぶっ飛びます(笑)。楽しみにしていてください。

   

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