「アスフカケツノ」事業で 「10兆円企業」をめざす!

大野 直竹氏 氏
大和ハウス工業社長

2011年9月号 BUSINESS [インタビュー]
インタビュアー 本誌 宮嶋

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大野 直竹氏

大野 直竹氏(おおの なおたけ)

大和ハウス工業社長

1948年愛知県出身(62歳)。71年慶大法卒、大和ハウス工業入社。88年新潟支店長、97年横浜支店長、2001年大阪本店長、04年東京支社長。根っからの「営業マン」で、今年4月より現職。大学時代は「演劇研究会」に属し、劇作家の故つかこうへいは1年後輩。雑誌『映画芸術』に寄稿もする才人である。

写真/平尾秀明

――4月1日付での社長就任が決まった直後に東日本大震災に見舞われました。

大野 震災直後、本社に災害対策本部を立ち上げ、東北・北関東エリアの支店・営業所の被害状況と、社員の安否確認を急ぎました。その間、頭を離れなかったのは、当社が手がけた住宅や建物の損傷状況でした。震度5弱以上のエリアに戸建住宅、賃貸住宅、商業施設、マンションなどが15万7千棟もあります。震災の翌日から、すべてのお客さまに被災状況をうかがうよう指示しました。しかし、被災地では電話が通じず、ガソリンもありません。現地の社員は自転車でお客さまを訪ね、避難所で面談したケースも少なくなかった。

――住宅などの建物の被害状況は?

大野 地震による倒壊はなく、すべて津波被害でした。戸建・賃貸住宅89棟、商業・事業施設13棟が流出(全壊)し、400棟以上が半壊・浸水に見舞われ、お客さまへの問い合わせは3万件を超えました。その一方で、当社施設にも約80億円の被害が出ました。

――御社は応急仮設住宅の最大手ですね。

大野 阪神大震災で供給された仮設住宅は約4万8千戸。当社グループは、その3分の1を建てた実績があります。今回は震災の翌日、応急仮設対策本部をつくり、グループ会社を総動員して、増産に入りました。国土交通省から住宅生産団体連合会への供給依頼は約6万戸。各メーカーは資材を買い付け、フル稼働になった。ところが、民間借り上げ住宅への入居者増や用地不足により、多くの在庫を抱えてしまいました。

――これまでの仮設住宅の供給状況は?

大野 7月末で約4万4千戸。当社グループが供給したのは1万戸強です。各社は総力を挙げて、政府・自治体に協力したのですから、損が出ないようにしてほしいものです。

復興増税とセットで景気刺激策を

――7月25日に約2兆円の第2次補正予算が成立しました。今後の景気をどう見ますか。

大野 震災から5カ月も経つのに、被災地のガレキの処理が遅れています。10兆円規模の3次補正は秋以降に持ち越され、復興の姿は見えません。それでも復興需要で景気は少しずつ持ち直す。昨年度81万9千戸だった住宅着工戸数も、復興需要で数万戸上乗せになる可能性があります。当社の今年度の業績予想は、特需を含め売上高が4%増の1兆7500億円。中国で進める不動産事業が、今期から収益に貢献することもあり、連結純利益は72%増の470億円を見込んでいます。

しかし、楽観はしていません。「地震」「津波」「原発事故」「心の不況(自粛)」の4重苦に、「電力不足」が加わった日本の競争環境は著しく不利になり、グローバル企業は否応なく海外移転を迫られます。さらに、所得税と法人税を軸とする復興増税が課され、数年後には消費税率10%への引き上げが待っています。復興と社会保障の財源とはいえ、企業の海外移転を加速させる増税を連発するのは間違いです。この先、日本でモノづくりを続けられるのか。多くの経営者が頭を抱えています。国内産業の空洞化が進み、雇用不安が生じたら、元も子もありません。被災地を支えるのは国内経済の力であり、復興増税とセットで総合的な景気刺激策を打たなければ、日本経済はあっと言う間に失速します。

――震災後、消費者意識の変化は?

大野 当社の物件に地震による全壊・半壊は一棟もありませんでしたが、耐震性への要望が強くなっています。仙台在住のお客さまは「津波は5度も襲ってきた。大和ハウスの我が家は頑丈で、よく持ちこたえたが、最後の引き波に持っていかれた」と、避難所を訪ねた社員に仰ったそうです。高台から自宅が流されるのをご覧になっていたのです。涙がこぼれます。いま一番大切なことは、被災地の方への思いやりではないでしょうか。

当社は住宅業界のリーディングカンパニーとして、経営ビジョン「心を、つなごう」を合言葉に、被災地の早期復旧・復興・再建に向けた支援活動を積極的に進めていきます。

もう一つは、節電とエコライフ、環境意識の高まりです。すでに新築住宅の半数以上に太陽光発電システムが搭載されていますが、その比率は飛躍的に高まるでしょう。当社はリチウムイオン蓄電池を生産するエリーパワーの筆頭株主であり、同社は現在、震災後の需要拡大でフル操業が続いています。近く住宅用蓄電池の生産能力を増強する計画であり、太陽光発電と蓄電池を組み合わせたスマートハウスを、一日も早く発売したいですね。

――近く発表される中期経営計画では13年度に売上高2兆円企業が目標とか?

大野 まだ決まったわけではありません。発表は9月末かな。挑戦的なプランを練っています(笑)。

――人口減少の国内市場は先細りと言われますが、ずいぶん強気ですね。

大野 当社の全国シェアは戸建住宅2.5%、賃貸住宅は9%。トップシェアを持つライバル企業の半分しか建てていません。仮に新築市場が縮小しても、日本には1981年に導入された新耐震基準を満たさない建物が1千万戸もあり、震災後は建て替え需要が急増するはずです。つまり国内シェアを奪うことで売り上げは拡大できるのです。もちろん、海外事業展開も進めます。中国の大連、蘇州における分譲マンション開発を皮切りに、米国、豪州、東南アジアをめざします。

遠大な目標は「石橋イズム」の継承

――創業百周年の2055年までに10兆円企業をめざす遠大な目標を掲げていますね。

大野 「10兆円企業」は、創業者である石橋(信夫)相談役が、病床にあった晩年、当時社長だった樋口(武男・現会長)と交わした「男の約束」なんです。相談役は稀代の事業家でした。私が新潟支店長の折、支店に来て、「君は売り上げを倍の100億円にしなさい。そうしないと、うちの協力会社が食べていけない」と言いました。3年後に目標達成の報告に行くと、「大野君、新潟には200万を超える人口がある。売り上げが200億円の支店にしないと平均点じゃない」と突き離されてしまった。私にとって相談役は雲の上の存在でしたが、「事業経営は立ち止まってはならない。目標に向かって上へ上へと進まなければ、後退したことになる」ということを、身を持って教えてもらいました。幾多の苦難を乗り越えた相談役は「百戦百勝、ぜったいに勝たないかん!」が口癖だったそうです。その事業家魂からすれば、創業百周年に10兆円企業になるのは当たり前だったのです。だから、売り上げ2兆円ぐらいでオタオタしてはいられない(笑)。

――環境エネルギー事業やロボット事業など新分野に積極的に取り組んでいますね。

大野 10兆円企業をめざす当社のキーワードは「明日不可欠の」です。ア「安全・安心」、ス「スピード」、フ「福祉」、カ「環境」、ケ「健康」、ツ「通信」、ノ「農業」を軸に新事業開拓に挑戦します。大目標に向かって日々全力を尽くす。その気概こそが「石橋イズム」なのです。

   

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