首藤 信彦氏 氏
民主党衆議院議員
2011年8月号
DISASTER [インタビュー]
インタビュアー 本誌 和田
1945年生まれ。慶大大学院経済学博士課程修了。伊藤忠商事勤務後、東海大教授、米ジョンズホプキンス大学SAIS客員研究員、米メリーランド大学CISSM客員研究員。2000年衆院初当選(神奈川県7区、現在3期目)。危機管理の専門家として知られ、『現代のテロリズム』などの著書がある。
写真/青地あい
――危機管理の専門家として、民主党原発事故影響対策プロジェクトチーム(PT)の論議をリードしていますね。
首藤 政府が原発事故処理スキームを早急に決められないという危機感から、4月にPTをスタートさせたが、あっと言う間に最重要チームとなり、連日会議に追われています。
――福島第一原発の現状をどう見ますか。
首藤 スリーマイル島原発事故は事実上3日間で収束し、チェルノブイリ原発事故の爆発火災は10日後に鎮火しました。福島第一は安定化に向かっているものの、事故から4カ月が経った今も冷温停止のメドが立たない。目下、最大の脅威は余震と津波です。水素爆発で損傷した1、3、4号機の原子炉建屋は耐震性が損なわれており、仮にマグニチュード8クラスの最大余震が発生したらどうなるか。また、万一再び津波に襲われて、一機でも冷却機能を喪失したら、想像を絶する悲劇が起こる。原子力安全・保安院の暫定評価によれば、福島第一から大気中に放出された放射性物質の量は77万テラベクレル。チェルノブイリの520万テラベクレルに比べたら小規模と論ずる識者もいるが、福島第一が抱え込んだリスクの大きさは、チェルノブイリを超える「レベル8」を警戒すべきものです。ちなみに水素爆発を起こしたスリーマイル2号機の冷却で発生した汚染水は約600トン。福島第一からはすでに10万トンもの汚染水が出ており、最終的には26万トンに達する可能性がある。人類がかつて経験したことのない、莫大な汚染をどう処理するのか。我々日本人の危機感が乏しいと思います。
もう一つの懸念は、冷却不全に陥った1~4号機は次々に応急措置を講じたため、配管や電線が錯綜し、クルーの交代に伴う、ヒューマンリスクが高まっていることです。炉心に水を送り込むはずが止まっていたとか、思いもよらぬミスから大事故が起こる可能性があり、現場は一瞬たりとも気が抜けない。それを3年ぐらいやり続けないと、安全宣言を出せないでしょう。
――原発事故処理の初動をどう見ますか。
首藤 残念ながら最低でした。危機管理の要諦はPreparedness(事前準備)。最悪の事態を事前に把握し、準備することに尽きる。危機がトントンとドアをノックしたら「ウエルカム!」と言ってドアを開くのです。福島第一で泥縄、後追い、管理パニックが連鎖したのはPreparednessの欠如にほかならない。神聖にして冒すべからざる「安全神話」の下で、過酷事故に備えることは自己否定につながるため、規制官庁と東電のシビアアクシデントマネジメントは全く機能しませんでした。
さらに、我が国のリスクコミュニケーションもお粗末でした。リスクコミュニケーションとは一言で言えば、政府が正確な情報を国民に伝え、危機感を共有し、相互の意思疎通を図ることです。欧米で学問的に進んだ分野ですが、我が国では未発達です。政府の情報公表の遅れが不安を増幅し、政府が隠し、マスコミが暴露する悪循環に陥りました。
――欧米と我が国の危機管理の違いは?
首藤 危機の把握は文化と国民性に根差しています。怖いものを「地震雷火事親父」とたとえた日本人は、危機を一過性の現象と捉える傾向がある。一方、迫害の歴史を生き抜いた民族、たとえばユダヤ人などは財産を分散して隠し持ち、子どもにも別々の財産を教えるなど用心深く、危機管理が世代を超えて徹底している。「備えあれば憂いなし」とは言うが、そもそも我が国には欧米流のリスクマネジメントは存在しなかったのです。
米国では1940年代にいわゆる「マンハッタン計画」が始まり、産軍学共同体で原子力の工業化が行われ、一つは原爆の生産、もう一つは発電用原子炉の開発が進みました。もともと軍事目的で開発された原発は欧米では軍事機密そのものであり、国の安全保障と直結しています。米国では一部が商業施設になっているが、いざとなれば国が乗り出す。フランスでは原発は国是であり、国が直接管理しています。レベル7の過酷事故が発生したのに、一義的には電力事業者(東電)の責任において事故処理から賠償までやらせるという我が国の危機管理法制は、世界の常識からかけ離れています。
もう一つの違いは、米国には連邦緊急事態管理庁(FEMA=Federal Emergency Management Agency)があることです。核戦争、ハリケーンや地震災害に対処すべく79年にカーター大統領が創設。この天災や原子力災害に即応する大統領直属の独立機関は、強力な指揮命令権と予算執行権を持ち、世界中の緊急事態対策のお手本になりました。当時3千人のスタッフを擁したFEMAと異なり、我が国の(旧国土庁)担当者は30人に満たなかった。私は日本版FEMAを創れと訴えてきたが、縦割り行政の権益とぶつかり、いつまでたっても実現しません。私は2004年に起こったスマトラ島沖地震の被災地を視察しましたが、インドネシアではその後も巨大地震が多発し、火山活動が活発化しています。余震、津波、東京直下地震、富士山噴火など、日本を襲う危機はさまざまであり、今こそ省庁横断で緊急事態に対応する「危機管理庁」を創設すべきです。
――「脱原発」の動きが急ですね。
首藤 方向性は正しい。今の原発は軍事目的であり、原爆転用が容易なプルトニウムを発生させます。しかも高レベル放射性廃棄物の処分方法は行き詰まり、最終処分場も決まらない。本来、我が国はその二つの問題に、もっと真剣に取り組むべきでした。例えば燃料にウランではなくトリウムを使う原子力発電は放射性廃棄物が少なく、核兵器への転用もできない。研究はある程度進んでいますが、軍事大国の政府は関心を示さない。原子力の平和利用技術は未成熟な段階でストップしているのです。
これから我が国の最大の「電源」は省エネです。夏の甲子園を秋に開催してピーク電力をカットするとか、夜だけ稼働する工場を造るとか、白熱電球は全部LEDに替え、携帯電話は太陽光で充電し、パソコンは省エネ型にするとか、節電・省エネの工夫はもっとできる。同時に代替エネルギー開発に総力を挙げる。効率が悪いといわれてきた風力発電が今、世界的にブームです。津波被災地や高速道路の上に太陽光パネルを敷き詰めるプランもあります。日照も風も乏しいドイツや英国ですら太陽光と風力に力を入れていますが、夏は亜熱帯で年中風が吹く日本は絶対に有利です。火山大国の日本では地熱だけでも現在の原子力発電の半分を賄える可能性があり、小規模水力と潮力のポテンシャルも大きい。自然エネルギーへの大転換は待ったなしです。