零細企業3社の買収に700億円も投じて減損処理。連結自己資本が吹っ飛びかねない菊川体制の仮面を剥ぐ。
2011年8月号 COVER STORY [企業スキャン]
強引なM&Aが裏目に出たオリンパスの菊川剛会長
Jiji Press
株主に説明できないM&A(企業の合併・買収)を繰り返して巨額の損失を計上したにもかかわらず、ほっかむりを決め込み、高額の報酬をふんだくっている経営者にとって、シャンシャンで株主総会を乗り切った心中はどんなものだろう。
6月29日、東京・西新宿の京王プラザホテル南館で精密機器大手オリンパスの株主総会が開かれた。菊川剛会長(70)ら経営陣首脳は内心ハラハラしていたのではないか。
その5日前、本誌が5項目の詳細な質問状を送ったからだ。広報部から総会直前に電話で「M&Aについて必要な情報開示はしている。それ以上、申し上げることはない」という木で鼻をくくったような回答が届いた。その裏では株主質問が出たらどうするかと、想定問答集づくりに大わらわだったはずだ。が、議事進行はすんなり進み、会社提案の1~6号議案は無事可決された。
胸を撫で下ろすのはまだ早い。本誌はやらせ総会など目じゃない。調査報道のトドメはこれからだ。
「ココロとカラダ、にんげんのぜんぶ」――オリンパスがテレビCMなどで使うキャッチフレーズだ。人の感性を刺激するカメラ事業と、健康を預かる医療機器事業の二本柱を誇る。老舗のカメラメーカーとして名が通っているだけでなく、医療用の内視鏡では世界シェアの7割を占めるトップメーカーでもある。近年は内視鏡が稼ぎ頭となり、これだけで年間1千億円近いキャッシュフローを生み出すまでに育った。
それだけの収益力を持ちながら、財務体質は悪化が続いている。株主にも内緒の無理なM&Aが災いして損失が膨らみ、自己資本が大きく目減りしているためだ。
不可解と言えばこれほど不可解な話もあるまい。本業とは縁遠い小さなベンチャー企業を08年3月期に3社まとめて700億円近くで買って子会社化し、翌年にはほぼその全額をこっそり減損処理している。
オリンパスが買収したのは、医療関連の産業廃棄物処理を手がけるアルティス(東京都港区)、電子レンジ用容器を企画・販売するNEWS CHEF(同)、化粧品や健康食品を通信販売するヒューマラボ(同)の3社(9ページの図参照)で、いずれも非上場企業である。
これだけ高額な買い物にもかかわらず、なぜかオリンパスの有価証券報告書にはこれらの社名はほとんど記載されておらず、業績動向も一切公表されていない。オリンパスがひた隠しに隠す“恥部”なのだ。
本誌が調べたところでは、オリンパスと関係の深い経営コンサルタント会社が05年ごろに休眠会社を業態転換させて活動を再開させたり、新規に立ち上げたりして、08年にオリンパスに売却したもの。業績や資産、履歴などいずれも見どころのない零細企業3社の買収に、なぜそれぞれ200億円以上も出したのか。
3社の買収時の売上高はいずれも2億円に満たなかった。3社の発行済み株式数や類似業種のPER(株価収益率)、買収金額などから逆算すると、買収から4~5年後には売上規模が数十倍から百数十倍に急成長することを前提として、巨額の買収価格を決めたことになる。素人目にも極めて不自然な利益計画であり、まともな投資とは言えまい。
これら3社は買収後どうなったか。決算公告などによれば、3社とも赤字続きでとうに債務超過に陥っている。オリンパスから実行された融資も焦げ付き、それだけでも数十億円規模に達している。オリンパスの事業分野の中で3社が属すのは「その他事業部門」。ここ数年の営業赤字垂れ流しのほとんどはこれら3社によるものだ。取締役会での買収判断がいかに杜撰だったかが窺える。
しかもその損失処理の詳細についても、オリンパスは口をつぐむ。本誌の質問状には「必要な情報開示はしている」と答えたが、笑わせちゃいけない。この3社については一切情報開示しておらず、株主の多くはこうした事実を知らない。3社の株式を買い増して子会社化するにあたり、どこの誰から株を買い取ったのかも含めて、意思決定の場で吟味した痕跡はないのである。
M&A関連の法律に詳しい学者によれば「買収の判断が明らかにいい加減なものであるなら、取締役は善管(善意の管理者)注意義務違反で株主代表訴訟の対象になりうる」という。背任に該当する可能性さえあるとも指摘する。監査役も会計監査と業務監査の責任を十分に果たしたと言えるかどうか。監査法人(あずさと新日本)の責任も重かろう。
ある市場関係者は「これだけ大きな金額を動かして失敗していながら、なぜこれまで明るみに出ずに済んだのか」といぶかしむ。株式市場が気づかなかったのには、オリンパスの隠蔽体質も関わっている。東京証券取引所が定めた開示基準では、上場企業がM&Aを実施した場合、買収される企業が小さく、買収する側の収益や純資産規模に占める割合が小さければ、情報開示の対象外となる。オリンパスはそうした基準の網の目をかいくぐって買収をこっそり行い、巨額の損失計上を迫られたのだ。
08年9月のリーマン・ショックがオリンパス経営陣に幸いした。日本企業の多くが大幅な業績悪化に見舞われ、自己資本の半分が消し飛んだ例が珍しくなく、オリンパスの損失計上は目立たなかったのだ。
キヤノン、ソニーなどがしのぎを削るデジカメ分野でオリンパスは7位。今後はペンタックスを買収するリコーが後から猛追してくる。デジカメで下位に甘んじている焦りから、無謀なM&Aに走ったのか。やはり08年2月に買収した英国の医療機器メーカー、ジャイラスもそうだ。
700億で買収したアルティス、ヒューマラボ、NEWS CHEFの3社は、今や肩身狭そうにひとつのビルに同居
ロンドンで上場していたジャイラスを2117億円も投じて買収すると発表した時点でさえ、株式市場は「買収価格は株価に40%ものプレミアムを上乗せしていて割高な買収」と冷ややかな目で見ていた。にもかかわらず、10年3月期にはさらに599億円出して優先株まで買い取った。この優先株取得についても、いったい誰から取得したのか不明で、「情報開示の面で大きな問題」と指摘するアナリストもいる。
ジャイラスは利益率が高く、その意味では中身の伴わない企業を買収したわけではない。ただ、売上規模は500億円前後、総資産も1千億円ほどでしかなく、2700億円も出して買う会社ではない。
しかもジャイラスは製造業でありながら、総資産の半分以上をのれん代(買収された企業の時価評価純資産と買収価額との差額)が占める。市場関係者でさえ「そんな(資産構成の)会社は見たことがない」という声を漏らすほど異常な存在だ。言い換えれば、「のれん代の塊」のような会社を、分厚いのれん代でさらに十重二十重にくるんで買い取ったことになる。その後、ジャイラスの業績動向について、オリンパスは大雑把な売上高を示すだけで詳細は一切開示していない。
しかし、オリンパスに対する監視の目は確実に厳しくなってきている。オリンパスは買収資金を銀行借り入れで手当てしており、銀行はオリンパスの暴走を放置しておけなくなったのか、昨年あたりから興信所を使ってアルティスなど問題の3社について調べているようだ。
さらに目が離せないのは、ジャイラスののれん代の償却。海外関係会社の監査法人がのれん代について思い切った償却をするよう求めだしているとの観測が浮上している点だ。国際会計基準(IFRS)や米国会計基準がのれん代の均等償却を認めていないのは、合理的な償却期間の算出が難しく、曖昧さが残ってしまうからだ。一方で毎期、のれん代の価値を見直し、価値が毀損していると判断されれば減損することになっており、思い切った償却を求めているとすれば、のれん代の価値に疑問符がついていることになる。
ジャイラス買収に伴ってオリンパスが抱えるのれん代は1千億円ほど残っているうえに、ジャイラス自身が過去に行ったM&Aで、のれん代や商標権は600億円前後に上るとみられ、それがオリンパスの連結貸借対照表上、無形固定資産の「のれん代」ではなく、「その他」に隠されているとの情報もある。
のれん代を一括償却すれば、連結自己資本がほとんど吹っ飛んで屋台骨は大きく傾く。今のところ、オリンパス本体の面倒を見ている新日本監査法人が「一括償却の必要はない」として押しとどめている状態だというが、どうなるかは予断を許さない。これは均等償却のほうが経営の恣意が働かないという反IFRS派への反証でもある。
東証1部で日経平均株価の構成銘柄になっているほどの老舗メーカーといえども、これだけ暴走を重ねれば財務基盤は傷む。有利子負債は前期末時点で6487億円に膨張する一方、07年3月期には3342億円もあった連結自己資本は11年3月期末には1637億円にしぼんだ。連結自己資本比率は15%台にまで低下、製造業として及第点とは言えまい。
前期には固定資産として抱えていた投資有価証券のうち、約800億円の投資信託を全額現金化。手元流動性が比較的潤沢に見えるのは、そのためだ。しかし残りは売却が難しい持ち合い株がほとんど。換金性の高い資産は徐々に乏しくなっており、財務的には徳俵に足がかかった状態にまで追い詰められようとしている。
収益力も低下しつつある。巨額の損失計上を取り繕うため、40年を費やして育ててきた分析器事業を売却した分、営業利益が目減りしている。十分な経営資源を回せないからデジカメの赤字は半ば体質化し、割高な企業買収のためにのれん代の償却負担も重くのしかかったままだ。一連のM&Aを主導してきた、この3月まで社長だった菊川会長の投資失敗が響いているのは間違いない。
オリンパスの躓きはIT(情報通信)バブル時代にさかのぼる。2000年に新規事業の強化をめざして企業買収のため300億円の基金を設け、ITやバイオテクノロジーのベンチャー企業に投資するファンドに出資したのが事の始まりだった。こうした投資の先導役を務めたのは当時の財務担当常務、菊川である。
菊川が進めたM&A戦略の謎を解くには、ある経営コンサルティング会社にスポットを当てねばならない。オリンパスが出資したファンドを主宰するグローバル・カンパニー(GC、東京都中央区)である。一見、変哲もない社名のこの会社は、野村証券の事業法人畑でM&Aを手掛けたり、新宿で支店長を務めてきた横尾宣政代表が98年に立ち上げた。
オリンパスとGCの間で事業上のつながりができたのは、オリンパスが00年にITX株を取得したころである。ITXへはGC傘下のファンドを経由して出資し、前述した問題子会社3社の株式をオリンパスが最初に取得したのも、GCのファンドからだった。
オリンパスのM&Aでは、GCは仲介役であるとともに、ベンチャー企業の売り主であり、「ITXの別動隊」でもあり、一社で何役も務めているようだ。オリンパスがITXに出資を本格化させたころにITXの社長だった横尾昭信(現JALUX社長)とGCの横尾は、実の兄弟であるうえ、現在オリンパスの傘下には、GCの横尾が代表を務め、かつてはITXが子会社としていたラプランタ(野菜の人工栽培、長野県岡谷市)のようなベンチャー企業もある。オリンパスとGCにITXまで絡んで、資本関係と人間関係が複雑に入り組んでいるのだ。
しかし、GC関連のM&Aは失敗例が少なくない。アルティスなど問題の3社だけでなく、GCから買収したアイパワースポーツ(現オリンパスビジュアルコミュニケーションズ)も、債務超過に陥っていることが決算公告で確認済みだ。多くはまとめて新規事業を担当する子会社、オリンパスビジネスクリエイツ(OBC)の管理下に置かれており、いまやOBCはオリンパスの「パンドラの箱」と化している。
6月17日に今期の業績見通しが発表されたのを受けて、証券各社のアナリストは一斉にリポートを発表。株価の先行きでは強気派と慎重派に分かれた。ある市場関係者は「慎重派はリポートに書いていないだけで、オリンパスの不明朗なM&Aには嫌気がさしている」と声を潜める。こうした市場の不信は深刻だ。オリンパスの貸借対照表上、純資産の項目に目をやると為替換算調整勘定の項目は1008億円のマイナスとなっており、同業でほぼ同じ資産規模のニコンなどと比べても格段に大きい。「まだ計上されていない損失があるのではないか」とアナリストが疑いの目を向けるのは、このあたりだ。
菊川会長が潔く経営責任を取っていない点も問題だろう。巨額の特別損失を計上した09年3月期には約1億8千万円の役員報酬を得ており、その後も1億5千万円を下回ってはいない。今年の株主総会で、取締役の報酬額を月額1億円以内、賞与の額を年額3億5千万円以内と改めたのは、悪いジョークだろう。
自己資本の回復に努めなければならない状況にありながら、前期の配当性向は109%。純利益を上回る配当を出すという大盤振る舞いだ。それでも機関投資家の中でオリンパス株を保有しているのは、株価指数との連動性を意識したパッシブ運用がほとんどだという。「菊川さんが残っている限り、オリンパス株は買いたくない」とまで言い切るファンドマネジャーさえいる。それどころか売り人気の高さでは屈指の銘柄となった。信用取引の売り残も極端な高水準になっている。
2月には英国人マイケル・ウッドフォード社長(51)の抜擢を発表。ヒラ取ですらなかった末席の外国人執行役員が、次期社長候補だった医療機器担当副社長らを25人もごぼう抜きにしたから話題になった。しかしこの社長交替劇は菊川体制の終焉を意味するものではない。菊川会長はCEO(最高経営責任者)の立場を手放してはいないからだ。
収益源の多角化とも純投資とも呼べないいかがわしいM&Aに、菊川会長がなぜこれほど淫したのかの解明は、東京地検特捜部の仕事かもしれない。一連のM&Aで社外に流出した巨額の資金の流れも闇に閉ざされている。オリンパスの「ココロとカラダ」がこれ以上病んでしまう前に、菊川会長には果たすべき説明責任と経営責任がある。(敬称略)