荒井 聰氏 氏
衆議院議員民主党原発事故影響対策PT座長
2011年7月号
POLITICS [インタビュー]
インタビュアー 本誌 宮嶋
1946年北海道生まれ(65歳)。70年東大農卒、農水省へ。北海道知事室長を経て93年衆院初当選。2009年鳩山内閣で総理大臣補佐官(国家戦略担当)、10年菅内閣で国家戦略・経済財政政策担当大臣。現在、衆院内閣委員長、民主党北海道代表を務める。当選5期目(北海道第3区)
写真/平尾秀明
――6月8日に、原発事故被災者救済のための損害賠償スキーム法案を、ただちに国会に提出するよう、菅首相に求めました。
荒井 5月13日に政府が閣僚懇談会で決定した「賠償スキーム」の法案化が大幅に遅れています。遅延の理由は内閣法制局の手続きに時間がかかっているから。とんでもない話です。我々原発事故影響対策PT(プロジェクトチーム)の参加議員は100人を超えます。政府が決断しないなら、生活費にも苦慮する被災者への仮払いを早急に進めるため、超党派による議員立法を出すべきとの強硬論まで出ていました。菅さんや海江田さん(経産相)の尻を叩くのが我々の役目です(笑)。
――精力的に活動していますね。
荒井 この一月半に総会だけでも14回。賠償スキームを議論した時には百数十人の国会議員が集まりました。6月7日には、馬淵首相補佐官から「福島原発事故対応における中長期対策チームの取り組み」、細野首相補佐官から「原子力安全に関するIAEA閣僚会議に対する日本政府の報告書」について説明を聞きました。翌8日はチェルノブイリ原発事故後、現地で医療支援活動をされた菅谷昭さん(現松本市長)から「放射能被曝の問題と対応」について、9日は元NRC(米原子力規制委員会)スリーマイル島現場最高責任者のレイク・バレットさんから「スリーマイル島原発事故の教訓」について貴重なお話を伺いました。原子力行政は文科、経産、厚労、原子力安全委員会と所管がまたがり、党内で包括的に議論する場が必要でした。民主党政策調査会は、政府与党の一元化方針により、単なる提言機関の位置づけとなり、これまで政策決定プロセスに携わることのできなかった議員の不満がたまっていました。我がPTも党政調傘下で、事故処理から中長期のエネルギー政策まで課題を洗い出し、提言をまとめる機関ですが、私は座長を引き受ける時に「党内の『ガス抜き』ならやらない。政府が重要な決定をする前に、我々の意見をよく聞くこと」と、総理に釘を刺しました(笑)。何よりも党と政府の英知を結集することが大切です。
――福島原発事故の現状をどう見ますか。
荒井 核暴走により炉心本体が吹っ飛び、バラバラになって空中に飛散したチェルノブイリと、自動停止後の冷却が思うように行かず、徐々にメルトダウンを起こした福島のケースは根本的に異なります。シャットダウンしてから時間がたっているので崩壊熱も落ちており、よほど大きな余震などが起きない限り、各号機とも冷却して安定化させる工程にいずれ入るでしょう。しかし、放射性物質の拡散、移動、浸透を押さえこむまで事態収拾とはいえません。
チェルノブイリは福島とは違う事故展開でしたが、参考になる点が多い。専門家によれば、汚染水は地下水に入りこむと、複雑で不明な点の多いメカニズムで移動し、厄介な問題になる。表土は風で舞い上がる土埃で移動し、土壌の除染を急がないと、生態系へ深く潜り込む。森林における放射性物質の沈着は農地より大きく、キノコやコケ類が高濃度になりやすい。マツなどセシウムの吸収の高い種、ポプラなどストロンチウムの吸収の高い種がある一方、地中にいる時間の長い昆虫、セミやカブトムシなどは数が減るそうです。
――人体や精神への影響は?
荒井 子どもは牛乳、大人は野菜からの摂取が内部被曝の最大の原因といわれていますが、政府の思惑で情報を隠して、避難を遅らせたことが悲劇の真相だと思います。チェルノブイリ事故による汚染被害は、25年後の今も進行中で、30キロ強制退去地区では人が住めません。軽度のセシウム汚染地域でも子どもの免疫が低下し、発育が悪い、貧血や感染症、カゼが治らないという症状が出た。この10年、周産期への影響、早産による未熟児、低体重、異常分娩が非常に増えている。ベラルーシでは、先天的異常の場合、強制的に中絶が行われているそうです。
チェルノブイリで6~7年も臨床医を務められ、自らもガンを患った菅谷市長の言葉は特に重いものがありました。「福島原発事故はチェルノブイリに匹敵する状況であり、将来、地元の人々が直面する現実が、事故25年後のチェルノブイリで進行している」「疫学データでは、子どもの甲状腺ガン以外の優位性は認められないというが、国会議員の皆さんにはチェルノブイリに行って、何が起こっているかをチェックしてもらいたい」「放射線感受性は同一ではなく、細胞分裂の盛んな胎児や子どもが影響を受けやすい。長期疫学調査、汚染マップの作成と経年変化を追う調査が必要」「被曝に関する測定方法や基準の妥当性がわからない時には、リスクを最大に考えて選択すべき」などとコメントされました。
――「チェルノブイリに学べ」ですね。
荒井 チェルノブイリでも、設計者が「原子力の父」と言われた科学者で、究極の「原子力村」が存在したため、設計ミスが疑われたにもかかわらず、ヒューマンエラーとして片づけられたといわれています。政府は事故原因を解明するため「事故調査・検証委員会」を立ち上げ、閣僚も調査対象にするというが、権限と体制が弱すぎます。PTでは、法律に基づく調査権限と独立性を持つ事故調査委員会を、国会に置くべきではないかと議論しています。
――エネルギー安全保障が問われています。
荒井 浜岡原発だけを止めた理由、他との違いを論理的に説明することは難しい。原子炉の定期点検期間は約13カ月。来年の今頃には、全原子炉が停止する可能性がある。地元自治体に再開の判断を委ねるのは酷です。国策としての原発を再検証し、原子力安全対策を抜本的に見直さなければなりません。
86年のチェルノブイリ事故当時、旧ソ連はすでに傾いており、事故は社会に大変革をもたらしました。どこまでがチェルノブイリを契機として起こった事象か判別しにくいですが、政府の情報隠蔽への不満からゴルバチョフ大統領がグラスノスチ(情報公開)に踏み切り、結果として旧ソ連は崩壊しました。
東日本大震災は国難であり、特に原発事故は有史以来の艱難辛苦です。これを、どのように克服するか。我が国の将来がかかっています。未曾有の原発事故を契機に政党と政府の関係、政党間の関係、政府と民間の関係も大きく変わるでしょう。それほど社会経済に与える影響は大きい。誰もが手に負えないほど厄介な原発事故の後始末にリーダーシップを発揮できる人を、首相にすべきです。国家の英知と総力を結集して、原発問題を克服する。そのための大連立という選択肢を否定はしません。