東証赤っ恥「新華」創業者起訴の真相

FBIがペテン師を追いつめた。東証を手玉に取った“中国系第1号”の犯罪が白日の下に。

2011年7月号 BUSINESS

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東京証券取引所に上場する中国系企業に、またスキャンダルが噴出した。今度は“中国系第1号”の触れ込みで2004年10月に東証マザーズに上場した新華ファイナンスだ。5月10日、創業者で前CEO(最高経営責任者)のフレディ・ブッシュを含む元役員3人が、在任中のインサイダー取引、粉飾決算などの容疑で米国の裁判所に起訴された。

ブッシュと同時に裁かれるのは、元取締役のシェリー・シングハルと同デニス・ペリーノ。米連邦捜査局(FBI)が3人の不正を追及し、ワシントンのコロンビア特別区連邦地方裁判所の大陪審が起訴を決定した。日本で言えば、東京地検特捜部の刑事訴訟に等しい。有罪が確定すればブッシュらに禁固20年以上の重刑が科せられる可能性が高い。

日本の東証に上場する中国系企業の元経営陣が、在任中の不正容疑により米国で起訴されるのは前代未聞だ。一体どういうことなのか。本誌は起訴状を独自に入手。そこから東証を手玉に取った「上場詐欺」の顛末が鮮明に浮かび上がった。

ダミー会社で株を売り抜け

新華ファイナンスは1999年、ブッシュとペリーノが香港で創業。中国の国営通信社、新華社の関連会社と資本提携し、金融情報サービスのブランドに「新華」の名称を使用する権利を手に入れた。翌00年にはインデックス提供で世界最大手の英FTSEグループとの合弁で中国株のインデックス事業を開始。あたかも中国政府系の金融サービス企業のように振る舞い、M&A(合併と買収)を通じて格付け、金融ニュース、IR(投資家向け広報)サービスなどに事業を急拡大させた。

ちょうどそのころ、東証はネットバブル崩壊後の株価低迷と欧米企業の相次ぐ撤退に悩んでいた。00年5月に東証理事長に就任した土田正顕(元国税庁長官、04年1月に死去)は、急成長する中国経済の活力を東証に取り込もうと中国系企業の誘致に乗り出す。そこに持ち込まれたのが、新華ファイナンスの上場案件だった。東証はこれに飛びついた。

こうして同社は“中国系第1号”として鳴り物入りで上場。05年7月には米ナスダックにADR(米国預託証券)を上場させた。ブッシュらにとってこれが後の命取りになる。米国での起訴は、ADRに関して米証券取引委員会(SEC)に提出した有価証券報告書に虚偽があり、「SECおよび投資家を騙した」ことが根拠だからだ。

起訴状によれば、ブッシュらの不正は東証への上場前から始まっていた。04年1月、ニューヨークの企業家を騙して新華ファイナンスのワラント(新株予約権)を買わせ、「高く買い取る投資家がいる」と口車に乗せてシングハルが用意したダミー会社にワラントを譲渡させた。そして上場後の05年4月、利害関係者の持ち株売却を禁じたロックアップ期間中にもかかわらず、ワラントを行使して市場で株を売り抜けた。

ブッシュらはダミー会社を通じたワラント取得を隠蔽し、日本の東証や金融庁に提出した届出書で持ち株比率を偽っていた。売却後も事実を開示せず、売却益約1820万ドル(約14億5600万円)を3人で山分けした。これは米国の証券法だけでなく日本の金融商品取引法にも違反しているのは明らかだ。

ペテンはさらに続く。06年1月、ブッシュは開示済みの自分の持ち株をシングハルが経営する証券会社に預託して市場で売却、その事実を隠した。同年3月、ブッシュの持ち株が不正に売却されているとの通報を受けた全米証券業協会(NASD=証券業界の自主規制機関)が調査に入ると、別のダミー会社を設立して過去の日付の契約書を作成。ブッシュは持ち株を担保にダミー会社から融資を受けたと偽り、株売却に関与していないと言い張った。

NASDの調査をかわしたブッシュは、持ち株の不正売却を継続。共同創業者のペリーノも同じ手口で持ち株を売り抜けた。起訴状によれば、2人は08年5月までに約2570万ドル(約20億5600万円)の売却益を懐に入れた。

さらに、ブッシュとシングハルは05~06年にかけて新華ファイナンスとダミー会社2社との間に顧問契約を結び、投資案件の紹介手数料の名目で会社の資金を横流しした。ダミー会社を通じて取得した資産は価値が大幅に水増しされていたが、2人は後に別のダミー会社を設立して資産を“飛ばし”、新華ファイナンスの粉飾決算が発覚するのを防いだ。これらの操作で、ブッシュとシングハルは730万ドル(約5億8400万円)を横領した。

5月17日にワシントンで開廷した初公判を、ブッシュは病気を理由に欠席。シングハルとペリーノは無罪を主張した。その後、ブッシュは裁判所の出廷命令に電話で応じ、同じく無罪を主張している。だが、この事件では一連の不正に関与した3人の弁護士がすでに有罪を認め、FBIとの司法取引に応じた。仮に米最高裁まで争っても、ブッシュらのブタ箱行きは確実だろう。

ケジメなき東証・証券監視委

元役員の起訴を受け、新華ファイナンスは5月12日に声明を発表。ブッシュら3人は07~09年に同社を離れており「現在の取締役及び取締役会は、本件起訴に関わる取引については、一切存じ上げません」とうそぶいた。会社ぐるみではなく個人の問題と言いたいようだ。

起訴状を読めば、ワンマン女性経営者として知られた創業トップが側近と共謀した会社ぐるみの「上場詐欺」だったことは一目瞭然。仮に現経営陣が何も知らなかったとしても、過去に遡って有価証券報告書を訂正しなければ、早晩上場廃止は免れない。現経営陣には、ブッシュらが会社から横領したカネを取り戻す責任もあるはずだ。

現CEOのジェイ・リーは本誌の取材申し込みにコメントを拒否した。新華ファイナンスはブッシュらが十分甘い蜜を吸った後の07年から急速に経営が傾き、09年末には債務超過に転落。唯一の黒字事業だったインデックス事業を売却し、今や実態がほとんどない「ハコ」企業と化している。6月13日時点の株価は1300円を割り込み、05年3月につけた最高値の100分の1だ。自浄作用を期待するほうが無理だろう。

むしろ問題なのは、日本の東証と証券取引等監視委員会だ。上場詐欺の最大の被害者は日本の投資家なのに、東証は「起訴だけをもって直ちに上場廃止や監理ポスト指定になるものではない」(渉外広報部)と野放しだ。監視委も「個別の案件には答えられない」と相変わらずの官僚答弁。株主代表訴訟などの民事紛争と混同し、米大陪審の起訴の重みを理解していないのではないか。

本誌が疑惑をスクープしたチャイナ・ボーチーを含め、東証が誘致した中国系3社は全部イカサマ企業だったことが立証された。とはいえ、日本の資本市場に中国経済の活力を取り込むこと自体は間違っていない。東証の斉藤惇社長は言わずもがなの“失言”で東京電力株を暴落させるより、この際きっちりと中国系誘致の失敗にケジメをつけ、アジア戦略を一から出直すべきだ。(敬称略)

   

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