「ストロスカーンの屈辱」に欧州の代償

2011年7月号 GLOBAL

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手をつないで出廷するストロスカーン夫妻

AFP=Jiji

6月6日、ニューヨークの裁判所に出頭した国際通貨基金(IMF)の前専務理事、ドミニク・ストロスカーン被告(62)は、逮捕直後のノーネクタイ、無精ひげとは打って変わって、ネクタイを締めたスーツ姿で、妻のアンヌ・サンクレール夫人(62)がけなげに手を握ってエスコートしていた。

アフリカ系の女性メード(32)への強姦未遂など七つの罪状で起訴されたストロスカーン被告は、保釈金100万ドルと供託金500万ドルを積んだが、富豪の夫人がすべて支払った。また歌手の故マイケル・ジャクソンの弁護士を雇い、軟禁されている高級住宅や警備員費用なども夫人が負担している。姓もユダヤ系で金融界の象徴だけに、彼の性犯罪容疑は人種に敏感な米国を刺激した。法廷では罪状を全面否認したが、「性的な接触は強制ではなかった」と暗に合意のうえと主張している。

いずれにせよ、ギリシャ、ポルトガル、アイルランドなど欧州周縁国の「ソブリン危機」のさなかに、その命綱ともいえるIMFの専務理事が突然失脚しただけに、放っておくわけにはいかない。そこで手を挙げたのが、ストロスカーンと同じフランス出身の才媛、クリスティーヌ・ラガルド経済・財政・産業相(55)。彼女は国際法律事務所ベーカー&マッケンジー所属の弁護士出身で、99年からその会長をつとめたが、05年に帰国して農業・漁業相などを歴任し、07年からG8初の女性財務相に就いている。第2次大戦後、発足したブレトンウッズ体制の両輪である世界銀行総裁とIMF専務理事のポストは、世銀が米国、IMFが欧州からというのが不文律。ラガルドならフランスのメンツも立つかに見えたが、リーマン・ショック以降、世界経済の成長を支えてきた新興国や途上国から反対の烽火があがった。

5月24日、中国、ブラジル、インド、南アフリカ、ロシアの5カ国が共同声明を発表、専務理事は欧州からという不文律は廃止すべきだと訴えた。これを受けてメキシコ中央銀行のアグスティン・カルステンス総裁が名乗りを挙げた。トルコのケマル・デルビシュ元財務相やカザフスタンのグリゴーリ・マルチェンコ中央銀行総裁の名もあがったが、国連と違って1国1票ではなく出資比率がものを言うIMFでは、欧米以外の候補が支持を取り付けるのは難しい。

とは言っても、ソブリン危機を抱える欧州連合(EU)も、財務危機のギリシャなど3国に対しIMF特別引出権(SDR)の3分の2に相当する1140億ドルの支援を引き出しているだけに、今後の追加支援も含めIMFの“ポケット”をみすみす手放すわけにはいかない。新興国から出た専務理事が欧州優遇にブレーキをかけるようだと、3国支援どころか、EUが解体に瀕する。

水面下で欧州はポスト維持へ動いた。まずジョン・リプスキー代行(米国出身)が8月末で退職を表明、イスラエルのスタンレー・フィッシャー元副専務理事も、欧州3国のデフォルト(債務不履行)論に牽制球を投げ始めた。さらにラガルド自身が支持取り付けにブラジル、中国、インドなどを行脚した。中国では6月8日、王岐山副首相や周小川人民銀行総裁らと会談したが、副専務理事ポストも欲しい中国は態度を明らかにしなかった。

カルステンス総裁も対抗して北米を行脚、ティム・ガイトナー米財務長官やカナダのジェームズ・フレアティ財務相らに働きかけるという過去にない展開となったが、米欧の結束は固く、ラガルド優位は動かない。日本と韓国は米国追随でラガルドに票を投じる方針だ。

しかし先進国と新興国の経済力の差は縮まるばかり。早晩、世銀とIMFの米欧たすきがけ人事の時代は終わる。ストロスカーンの屈辱はその前触れにすぎない。(敬称略)

   

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