存亡の淵「マイクロファイナンス」

ノーベル平和賞の「小口金融」に自殺続出。高金利と追い貸しでインド版サブプライムか。

2011年6月号 GLOBAL
by ナヴィン・ウパディヤイ(インドの英字紙「パイオニア」誌編集局長)

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マイクロファイナンスの創始者、グラミン銀行ムハマド・ユヌス前総裁

AP/Aflo

貧困撲滅と収益を両立させるマイクロファイナンス(貧困層向け小口無担保融資)が存亡の危機にある。発祥の地バングラデシュのグラミン銀行では、06年にノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌス総裁が3月2日、中央銀行に解任された。隣国インドでも、投資家ジョージ・ソロス氏の支援も得て昨年8月にマイクロファイナンス機関(MFI)初の上場を遂げたSKSマイクロファイナンスが、わずか9カ月で株価が発行価格の3分の1に落ち込んだ。

ユヌス解任は現政権との政治的確執が原因とされているが「貧困層にカネを貸して潤う吸血鬼」(シェイク・ハシナ首相)とのMFI批判にも一理ある。現にMFIが盛んなインドのアンドラプラデシュ(AP)州では、利用者の自殺が相次ぎ、MFIのリスクが顕在化している。

年率150%の急成長

AP州にはSKSのほかに、シェア・マイクロフィン、アスミサ・マイクロフィン、スパンダナ・スフルティーなど大手が拠点を構え、インドのMFIの約4分の1が集中している。融資件数は村落と都市部を合わせて960万件(うち村落が650万件)、貸出残高の合計は723億8千万ルピー(約1300億円)に上る。09年時点でインド全体のMFIの推定貸出残高が1600億~1750億ルピーだったから、いかにAP州に集中しているかわかるだろう。

「家計が苦しくて借りましたが、金利があまりにも高く、毎週の返済のやりくりがつかず、取り立て業者から何度も返済を迫られました」。AP州第二の都市ヴィシャーカパトナムでは10月、MFIの融資を受けていた女性の留守中に、10歳の娘が取り立て業者と自助組織の会員たちに誘拐される事件が起きた。少女は無事、警察に保護されたが、彼女が追いこまれた状況は典型的だ。

インドのMF業界には約300社が参入しているが、貸出残高の合計の約74%は上位10社で占められている。インドではMFIが短期間で主要ビジネスとして急成長し、創業者たちは巨富を得た。06年度にインド国内5州で融資件数が20万2千件だったSKSは、4年後の10年度には19州で融資件数は約670万件へ、支店数は80店から2千店強、貸出残高も294億ルピーへと年間伸び率147.7%を記録している。

創業者ヴィクラム・アクラ氏は上場前に850万ドルの未公開株売却益(税引き後)を得ており、当時で800万ドル相当のストックオプション(3.4%)も保有している。1990年に米タフツ大学を卒業後、就職した非政府組織(NGO)の初任給が1千ルピー(約22ドル)だったことを考えると雲泥の差だ。

しかし急成長の裏には、多くのMFI各社が50%という高金利で融資し、追い貸しで回収率を引き上げてきた実態があった。インドでは融資事業は州政府が管轄しているため、AP州政府は10年10月に「2010年MFI法」を制定して強引な取り立てを封じこめようとした。細かい条項違反に重い罰金刑を科し、当局の許可なしでの追い貸しを禁止、回収も週1回でなく月1回(窓口は村落集会パンチャーヤト)にするなど、あまりにも厳しい内容で、MFIの存続を危うくした。

村人から週1回の返済を受け取るSKSマイクロファイナンスの担当者

AFP=Jiji

この結果、AP州では半年前には回収率98%を記録していたのが、自助組織に所属する60万人が債務不履行に陥った。州政府はMFIを機能不全に追い込みながら代替措置を打ち出さず、「病気より体に毒な治療」と非難された。

MFのミソは小さな自助組織に貸し付けて、こまめに返済させるところにあるが、JRGセキュリティーズのアナンド・タンドン最高経営責任者(CEO)は「毎日のように余った金を集めなければ、この商売は成立しない。そうしないと、利用者が全額使い果たす」と言う。

MFIが崩壊して高利貸しが跋扈する時代へ逆戻りするのか。中央銀行のインド準備銀行(RBI)は昨年10月15日、小委員会を発足させ、MFI崩壊に対処するため調査に乗り出した。

今年1月に発表した小委報告によれば、利用者が借入資金のうち収益につながる事業活動に充てた割合は25.4%にとどまり、過去の借入金の返済に充てた(追い貸し)割合は20.4%。MFIが拡大を急ぐ余り、利用者の過去の債務歴や融資目的、返済能力を何も調べずに貸し付けた実態も確認できた。

自助組織にどれほどの返済能力があるかにかかわらず、取り立て業者が毎週、強引に返済を迫っていた事実もつかんだ。利用者が返済に行き詰まると、返済資金に追い貸しを迫り、借金を雪だるま式に膨らませていながら、銀行には何食わぬ顔で100%の回収率を提示していた。

また、強引な取り立てが原因とみられる自殺も51件あり、小委報告は「貧しい人々を貧困から救うはずのMFIは、融資を受けた人々の利益を奪うばかりか、尊厳や命まで奪った」と厳しく非難している。そのうえで、①MFIの貸出金利の上限を24%に設定、②金利のマージン(貸出金利と調達金利の差)は10~12%、③MFIを州政府の管轄から外し、借入額・金利・融資条件の明確な枠組みを設けた新タイプの金融機関として位置付ける――などを提案した。

中央銀行元総裁が警鐘

中央政府は小委提案を受けて、MF事業を規制する政府法案を作成する二人制パネルを任命した。法案は6月にも開かれる次回議会で提案される予定で、通過すればMFIは州政府の法令の影響を受けなくなる。

「規制の枠組みが一元化されるなら安心だ」とMFI業界の期待も高まっている。銀行も融資資金の証券化を再開し始めた。3月末に2行と融資資金の証券化取引を成立させたSKSのディリ・ラジ最高財務責任者(CFO)も「流動性ポジションを強化できる」と安堵している。銀行側は、このほかに、MFI5社の企業債務再編にも乗り出した。

しかし、安定した返済能力のない利用者に融資をしながら、銀行に対しては十分な回収能力があることを示して流動性を確保しなければならない――というジレンマに変わりはない。強力な自助組織と、事業を継続させるためにも法外な高金利融資の廃止という「2点を守れば、MFは今後もインドの優良事業分野として展開できる」(専門家)。

RBIも5月3日の声明で小委の提案を概ね受け入れるとともに、4月1日以降のMFIに対する銀行融資は、社会責任として銀行に融資を義務付ける「優先分野貸付」に分類して返済期限を延長、MFIの貸出金利の上限や融資条件の一部を小委提案より緩める考えを示した。

しかし、MFIに野放図に融資を広げさせるなとする意見がある。リーマン・ショックでインドの金融秩序を守ったY・V・レディ元RBI総裁は「MFはまるでインド版サブプライムローン。証券化やデリバティブ(金融派生商品)など米国の金融機関と同じ考え方だ。そして今度は優先分野貸付だ」と発言し、MFIの将来に警鐘を鳴らした。

著者プロフィール

ナヴィン・ウパディヤイ

インドの英字紙「パイオニア」誌編集局長

政治、経済、社会問題が専門。

   

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