ああ日本外しの「サプライチェーン危機」

2011年6月号 BUSINESS

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ルネサスエレクトロニクス那珂工場の復旧作業

Jiji Press

大震災からの復旧が着々と進む産業界だが、その一方でサプライチェーンのパラダイムシフトが懸念されている。部品・材料の供給不足から今も通常操業に戻れない自動車やデジタル家電メーカーは多い。調達先や機能の見直しを行い、信頼性が多少劣ってもふんだんに入手でき、しかも安価な海外製品へシフトする流れになっている。日本の競争力の礎である部材業界にとって、復旧後の成長戦略は容易でない。

3月11日の震災後、韓国や台湾の動きは早かった。被災企業に代わって生産可能な自国工場のリストを作成し、受注攻勢をかけてきた。さらに「操業停止に陥ったハイテク企業の従業員を対象にスカウト合戦がはじまっている」という。

韓国のサムスン電子やLG電子、米アップルはタブレットパソコン、スマートフォンといった戦略商品の基幹部品である半導体や液晶ディスプレーなどの多くを日本企業に頼っている。その供給能力のダウンは自らの収益悪化に直結する。従来から「バイコリア」を国策とする韓国が、このチャンスに優秀な日本人技術者を引き抜き、内製率向上に資する狙いは明らかだ。

国内外の自動車メーカーも操業停止を余儀なくされたが、その一因は車載用32ビットマイコンで世界シェアの大半をもつルネサスエレクトロニクス那珂工場(茨城県)の被災。同工場の最先端の生産ライン(口径300ミリメートル対応)は今も停止している。マイコンの主材料であるシリコンウエハーも信越半導体とSUMCOの2社が世界市場の65%前後を占めるが、揃って被災した。ほかに日産の「リーフ」やトヨタの「プリウス」に搭載されるリチウムイオン2次電池(LiB)用負極材で世界シェアトップの日立化成工業も被災し、復旧を急いでいる。自動車もエレクトロニクス大手も期待の新商品を売り出す出鼻を挫かれた格好だ。

震災の影響だけではなく、「ティア1」などと格付けし、特定の部材サプライヤーを囲い込んできた調達戦略も柔軟性の欠如を露呈し、被害を大きなものにした。半導体をはじめとする部材業界自体もグローバル化によってリストラを余儀なくされ、生産拠点の統合を進めた結果、他工場への代替が困難になっていた。

ルネサスエレクトロニクスは車載用マイコン全生産量の約4分の1を那珂工場に集約しており、この工場の被害が最も大きかった。震災は効率一辺倒のリスクを浮き彫りにしたが、この経験をもとにセットメーカーはサプライチェーンを見直そうとしている。部材各社は一様に順調な 復旧ぶりと強調するが、「実際にはモノが出てこない」状態が続いており、通常操業に戻るまで時間がかかりそうだ。そこで、これまでの高度にカスタマイズされた専用品から汎用品への移行が、その打開策となる。

汎用品は信頼性や機能面で劣るが、それを設計の工夫で補う方向にある。価格の安さが勝負の汎用品は、中国に生産拠点が多い。それだけに自動車メーカーなどが「中国製品でも十分やれる」と判断すれば、高付加価値で差別化してきた日本勢は新たな価値を提案しない限り、中国品との値段の叩き合いになってしまう。

一方、リスク分散のため、部材各社は一極集中的な生産体制の見直しを迫られている。今後は海外のグループ会社や受託生産会社へ生産拠点を分散する必要がある。中国、韓国、台湾のメーカーにとって、東日本大震災は事業拡大の好機といえる。被災企業の技術者をスカウトすれば、競争力の向上も図れる。大震災はBCP(事業継続計画)を重視したパラダイムシフトを促す。操業停止という一次被害より、「日本外し」の海外汎用品への移行のほうが、はるかに影響が大きく、深刻な問題だ。

   

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