2011年4月号 連載 [IT万華鏡]
2月初旬、楽天の役員と社員数名が、あるクーポン共同購入サイトを運営する事業者を訪れ、盛り上がる市場についてヒアリングを行った。それから半月後、楽天の子会社リンクシェア・ジャパンが他サイトのクーポン情報を集約した「クーポンカフェ」を開始。グルーポンとリクルートが激しい闘いを繰り広げる共同購入サイトに正面から衝突しない形で参入した。
ヒアリングに応対した担当者は、直接競合するサービスではなかったため胸をなで下ろしたという。今、楽天市場を核に銀行や証券、電子マネーなど次々に広がった楽天経済圏に、既存産業だけでなく、ベンチャー企業が必死に築いてきた新市場も呑み込まれ始めている。
ターゲットのひとつが、09年にマザーズへ上場したクックパッドだ。料理のレシピを投稿するサイトとして、20~30代女性を中心に月間1千万人以上が利用する同分野のトップだが、楽天が昨年10月に立ち上げた「楽天レシピ」の激しい追い上げに苦しめられている。楽天レシピは豊富な資金力を武器に、レシピ投稿者やレシピを閲覧して実際に料理したレポートの投稿者に、楽天が発行する「楽天スーパーポイント」を惜しみなく付与。オープンからわずか4カ月でレシピ数4万件、月間訪問者数200万人を獲得するまでになった。楽天のインフォシーク事業長の濱野斗百礼氏はCNET Japanの記事で「(クックパッドを)年内にキャッチアップしたい」と強気の発言をしている。
社内公用語を英語とし、視線の先は海外に向いているかと思われがちだが、国内市場の刈り取りも怠っていない。肩を振るわせ楽天の参入に怯えるベンチャーは少なくない。それだけ今の楽天は強いのだ。三木谷浩史社長が言う「ポイントプログラムを核としたSticky(粘着性のある)なビジネスモデル」は今のところ一定の成果を上げている。
ただ、ビジネス領域を広げるということは、同時に既存勢力に火を付けることにもつながる。楽天は08年に連結子会社化していた生鮮食品をスーパーから宅配するネットスーパーモールの運営会社ネッツ・パートナーズを10年4月に完全子会社化。名称を「楽天ネットスーパー」に変え、ネットスーパー事業に本腰を入れたが、それがこの分野で国内最大の日本生活協同組合連合会を敵に回すことになる。
日本生協連は伊藤忠テクノソリューションズと日本オラクルのサポートを受け、会員向けのECサイト「eフレンズ」の基盤を2月に全面刷新。今年夏には最大140万人、年間1千億円、受注点数3億点を超える大規模ECサイトに生まれ変わる予定だ。商品の調達から宅配機能まで備える生協は決して侮れない存在。時代の変化とともにECに傾倒しつつあり、楽天のネットスーパー事業と完全にぶつかりつつある。
競合は国内勢だけではない。皆が怯える楽天が一瞬でかすんでしまう黒船が日本市場に目を付け、攻勢を強めている。流通総額約2兆1600億円(10年)を誇る世界最大の旅行予約サイト、米エクスペディアだ。楽天市場とトラベル事業を足した流通総額は1兆4千億円あるが、楽天トラベル単体では3660億円と規模の違いは歴然だ。エクスペディアは80カ国以上に拠点を置き、最低価格保証をするだけの圧倒的バイイングパワーを持つ。日本市場には24時間年中無休のフリーダイヤル窓口を新設し、日本流の“おもてなし”を武器に圧力を強めている。
楽天経済圏の拡大とともに現れる手強い競合者たち。楽天が力を注ぐ海外事業においては、すべてのリソースを集中しても勝てるとは限らない。彼らは悠々と国境を越えて参入し、楽天の足元を揺るがしもする。グローバル企業になるということは、敵もまた世界トップ企業になるということ。国内のベンチャーは蹴散らせても、振り返れば明日は我が身の熾烈な世界が待っている。