ゲストスピーカーの小沢一郎に拍手。自由報道協会主催のネット中継は、記者会見もどきの「番組」ではないか。
2011年3月号 POLITICS
インターネット上に登場した民主党の小沢一郎元代表は、テレビでよく見る仏頂面ではなく、笑みをたたえていた。1月27日と2月10日、フリーの記者たちでつくる「自由報道協会」(仮称)が開催した「記者会見」に現れたときのことだ。元国会議員秘書で現在はジャーナリストという上杉隆氏が司会を務め「日本史上最強の一兵卒」「政策の人」などと小沢氏を持ち上げた。これが、まともな記者会見と言えるのだろうか。
1月27日の「会見」は約50分。上杉氏が冒頭「政策を聞いてもらいたい」と注文を付け、小沢氏の政策やマスメディアの記者だけで構成する記者クラブに関する質問が続いた。
小沢氏は「いまは財政出動と個人消費の拡大が何より必要」などと政策を次々に語ったほか、記者クラブについて「(所属する新聞・放送の記者は)いくら言っても説明しても分かってくれないし、報道してくれない」「大きな既得権がある。メディア同士のフェアな競争、そのためには(フリーの記者たちも入れて取材は)オープンでないといけない」とマスメディア批判を展開した。
資金管理団体「陸山会」の土地取引をめぐる事件については「強制起訴された後はどうするのか」という問いに「国民の要請に従ってやります。変わりありません」と答えただけで終了。拍手を浴びて退場した。
ツイッターには「小沢ファンクラブ」といった書き込みが相次いだ。ある大手紙の記者は「記者クラブに所属する記者も参加可能とされていたが、実際は記者会見の開放に前向きで個人名公開という条件があり、入れなかった」と話している。フリーの記者からも「マスメディアを実質的に閉め出すと、記者クラブへの報復と受け取られる」と心配する声が上がったためか、2月10日の2回目は記者クラブに所属する記者も参加できたという。ただし、質問した記者はいなかった。
この日は小沢氏と菅直人首相との会談があり、その直後、小沢氏は新聞・放送の記者団には何も語らないまま会場に到着。上杉氏の質問に「(首相から)裁判が済むまで党を離れてくれないかという話があった」と明かしてみせた。江川紹子氏が陸山会事件で小沢氏の元秘書、石川知裕衆院議員らに1億円の裏献金を渡したと検察側が主張する水谷建設について尋ねると、小沢氏は「日産建設?」と聞き返した上で「事実は全くないと思います」と否定した。
また「(1月31日に)強制起訴されたが、石川氏のように離党しないのか」との質問には「石川は検察当局による起訴だったが、私の場合は不正はなしということで不起訴になった。(起訴を議決した)検察審査会の判断基準も分からず、本質的に違うものと思っている」と説明。あとは政策や選挙のことなどを述べ、約40分のやりとりの後は、前回同様に拍手を浴びて会場を後にした。
新聞の多くはこの小沢氏の「記者会見」を「インターネットの番組に出演」などとして報じた。ある政治記者によると、小沢氏のホームページが「web 生出演」となっていることや、2回目の最後に「ゲストスピーカーに拍手を」と呼びかけていたことなどが根拠という。
産経新聞はコラム「産経抄」で、1972年に佐藤栄作首相(当時)が「偏向している」として新聞記者を追い出し、テレビに向かって語り続けたことを振り返り、「マスコミの批判から逃れたいというのなら、佐藤氏らと同様、もはや政治家としての危険水域に入ってきている」と、小沢氏を痛烈に非難した。
読売新聞も「記者が重要性を判断して発言を編集する新聞やテレビと違って、ネットメディアは政治家が時間を気にせず話せるようになっている。批判を避けて一方的な情報発信が続くなら問題だ」という早稲田大教授の見方を紹介。マスメディアの記者会見を拒んで動画サイト「ユーチューブ」で引退する心境を話した秋葉忠利広島市長に対し、市民から「会見で質問に答えるべきだ」という指摘が多いことも伝えている。
「フリーの中には、マスメディア批判しか取材テーマがなく、小沢氏を呼んで名前を売ろうとしているような人や、自分の主張が常に正しいとして振る舞う人も見受けられる。2回の『会見』は『ニコニコ動画』でネット中継されたが、見たのは終了後の録画も含め1回目が約7万3千人、2回目は約8万3千人(2月11日現在)。有権者の0.1%程度」と大手紙の管理職はみる。その上で「フリーを支えているのはネットで新聞を批判している若い人たち。かなり偏頗(へんぱ)なところがあり、そもそもネットに無料提供している記事だけを読み、新聞を購読していないので相手にしない」と断じている。
一方で、新聞記者OBは「そんなえらそうなことが言えるのか」と、マスメディア側の問題を指摘する。
▽記者クラブは、権力側から便宜供与を受け続け、小沢氏の言うように「大きな既得権」を持っている。
▽野中広務元官房長官が政治評論家に官房機密費から現金を提供したと明かし、読売新聞グループ本社の渡辺恒雄会長兼主筆はフィクサー然として連立政権を画策するなど、読者や視聴者の不信感が高まっている。
▽小沢氏批判のような一方的な報道を続け、しかもニュースソースを明示しない記事が多く、読者や視聴者の信頼は揺らいでいる。
▽新聞協会は06年の記者クラブに関する見解で、①会見参加者をクラブ構成員に限定するのは適当ではない、②記者室をクラブ加盟社のみが使う理由はない――とし、各記者クラブにこれを基本指針とするよう求めているが、現場の記者の意識が低いのか、部分的な開放にとどまっている。
実は、記者会見をする側が会見を主催すると、意に沿わない記者が外されることもあるので「記者クラブ主催」が慣例になっている。ところが、記者クラブ側が参加者を選別したり、条件を付けたりしているというのが、積もり積もったフリーの不満で、新たに記者会見を主催する団体として自由報道協会を結成した。総務省記者クラブが会見のネット中継を1年近く拒み、フリーの記者側を怒らせたことも協会結成の背景にあったようだ。
「マスメディアは情報をはじめ、再販制度維持や消費税の新聞除外など権力側に便宜を図ってもらうことが多く、新聞協会の建前はともかく、ホンネは自分たちの周りをフリーにうろうろされたくない。しかし政治や事件では恣意的に見える一方的な報道はやめて、多様な見方を紹介しないといけない。フリーを入れて取材の透明性を高めるべきだ。ネット世論にも注意を払わないと、これからの読者や視聴者に見捨てられるだろう」と、先の記者OBは忠告する。
結局、フリーの記者とマスメディアの愚かな争い。どっちもどっちではないか。とはいえ、新聞通信調査会の昨年の調査によると、朝刊を毎日読んでいる人は62%で、年々少しずつ減っている(09年64%、08年67%)。少子化社会の影響は明らかで、30代は37%、20代に至っては22%だ。このままだと新聞に将来はないかもしれない。