2010年11月号
GLOBAL
by シェリー・レーマン(パキスタン元情報相、ジナー研究所会長)
洪水で家をなくした人々のテントが並ぶパキスタン南部
AP/Aflo
世界食糧計画(WFP)によれば、パキスタンで7月下旬に発生した大洪水により7700万人が飢餓にさらされ、4500万人が栄養失調状態にあるという。水害で200万ヘクタールの農地が壊滅状態に陥り、農家は翌年の収穫に必要な種子も家畜なども失った。食料の入手が困難なうえ食品価格が高騰して、今や国民の家計は火の車。このままでは全人口の8割以上が栄養失調と貧困に陥り、治安悪化によってタリバンなどイスラム過激派が一段と浸透しかねないと指摘されている。
9月23日に首都イスラマバードで開かれた「危機に直面するパキスタン 洪水後の課題」会議では、パキスタンの国連人道問題調整事務所(UNOCHA)や国家災害管理庁(NDMA)代表、著名なエコノミストらが、人道的物資の不足や遅い支援の隙をタリバンなど武装勢力に突かれているとの現地情報や教訓を交換、政府が検討すべき経済的課題や安全保障対策などを協議した。
会議は本稿筆者が会長を務める独立系政策シンクタンク「ジナー研究所」の主催で、その内容を報告しよう。まず、洪水で家屋を失った人々に供給すべき最低限の人道的必需品が不足しているとの報告があった。食料は必要分の2割にしか満たず、避難所や下水・ごみ処理施設などの衛生設備も、必要分の2割程度しか行き渡っていないのだ。
国連は人道的緊急支援措置として総額20億ドル超の拠出金を各国に求めたが、これまでに集まった支援金は3割にすぎない。国連の要請どおりに支援金が集まれば、被害者2千万人を対象に一人あたり95ドル程度の支援物資を供給できる。国際社会の反応は当初鈍かったが、支援活動は活発化してきた。パキスタンの対外債務についても、救済のためのリスケ(返済期限延長)が可能かどうかも注目されている。
治安悪化も懸念材料だ。パンジャブ州南部のデラガジカーンとカイバル・パクトゥンクワ州旧北西辺境州の両地域では、武装勢力掃討作戦の巻き添えで一般市民への被害が相次いでいた。洪水が起きてからは、政府や国際機関による物資の供給体制が不安定になり、武装勢力をバックに持つ「人道支援組織」が発足しているとの報告もあった。
政府や国際機関による支援の間隙を縫って旧北西辺境州の地域がそっくりタリバンの支配下に入るとの危惧もある。そうはならないとしても、貧困が進めば人々はタリバンの影響を受けやすくなる。テロ組織に立ち向かうパキスタン政府や同盟諸国は、今後の支援計画を練る際にこの点を肝に銘じるべきである。
社会不安を悪化させないためにも、被害が沈静化するのを待ち、住民の所有地の境界線画定を早急に進めなければならない。パキスタン政府に対しては、経済発展に関係のないムダな支出や閣僚を減らし、洪水問題に関する政府の対策の取りまとめについても一層の情報開示などを提言する声があがった。ユースフ・ラザ・ギラーニ首相を筆頭に食料や石油などの担当大臣や州政府代表で構成する「公益審議会」(CCI)に支援活動のオンブズマン役を任せること、富裕層のキャピタルゲイン(譲渡益)や不動産の増税などで資源を集約させることも検討すべきであろう。
まともな損害保険も社会保障制度もないなかで、農業やインフラを直撃した被害は、今後のパキスタンの経済成長の足かせとなる。政府も関連機関も単独では十分な対応はできない。これを機に国内の知識や物理的な資本を結集し、政策課題の優先順位の見直しを会議は提言している。