2010年11月号 POLITICS
9月27日、篠つく雨の中、東京・日比谷公園前にある弁護士会館には50人を超す人が集まった。プロ野球ヤクルト元監督の古田敦也、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授の川本裕子ら著名人の顔も見える。
約1時間後、彼らが向かったのは東京高等裁判所。101号大法廷で行われる「一票の格差」違憲裁判の第1回口頭弁論を傍聴するためだ。
大法廷の椅子席(98席)のうち81席が、国民会議のサポーターに占められた。およそ1年前、傍聴人は数えるほどしかいなかったことを思えば様変わりである。アメリカの法廷ドラマではないが、満員の傍聴席は裁判官への無言の圧力になる。
法廷で傍聴しようと呼びかけているのは「一人一票実現国民会議」である。昨年、200人以上の弁護士を抱えるTMI総合法律事務所共同パートナー、升永英俊が中心となり、元東京第二弁護士会会長の久保利英明らとともに立ち上げた。
「少数の有権者によって多数の国会議員が選ばれ、その国会議員によってあらゆる法律、予算が作られ、果ては内閣総理大臣が選ばれる。とても民主主義と言える状態ではない」
こうした升永の主張は多くの賛同者を得た。古田、川本はもちろん、裏で支えるのは若手ベンチャー起業家や出版界、財界の若手たちである。この手の運動では初めてと言っていい広がりを見せ、これまでになく「一票の格差」に国民の目を向けさせてきた。
「一票の格差」が最大2.30倍だった09年8月の衆議院選挙は、法の下の平等を定めた憲法に違反するとして、選挙無効を求める訴訟が9件起きている。その上告審で最高裁判所は審理を小法廷(判事5人)から重要事案を扱う大法廷(判事15人)に回付した。過去の判例が覆される可能性が出てきたのだ。
8高裁・1高裁支部の判断は選挙無効の請求をすべて退けたが、違憲4件、違憲状態3件、合憲2件と分かれた。注目すべきはやはり四つの違憲判断が下されたことだろう。
今までの「一票の格差」裁判は、司法の独立とは名ばかりだった。地方で圧倒的な強みを持つ自民党への配慮から、格差3倍を超えない限り、違憲とはせず「選挙制度は国会の裁量」と決めこんで、政治に判断を丸投げしていたからだ。結果的には政権交代の芽を摘み、政治改革を阻み続けてきた原因と言えよう。
そのなかで高裁レベルでも違憲判断が出てくるようになった大きな要因の一つが、国民会議の存在だ。昨年の衆院選挙と同時に行われた最高裁判事の国民審査では、05年の衆院選挙をめぐる訴訟で合憲判断を下した涌井紀夫、那須弘平両判事に不信任の「×」をつけようと呼びかけ、大きな反響を呼んだことは記憶に新しい。国民会議がインターネットやメディアを通じて呼びかけたため、間違いなく数十万人単位で有権者が 「×」票を投じ、その声が高裁での四つの違憲判決を引き出したというと言い過ぎだろうか。
国民会議は従来の格差訴訟とは異なり、全国の高裁・支部での提訴なども含めてさまざまなアプローチを試みてきたが、新たにあげた狼煙が冒頭で記したサポーターによる口頭弁論の傍聴なのだ。この日、古田、川本らが傍聴した口頭弁論は、この7月に行われた参議院選挙で「一票の格差」が最大5倍近くに広がったとして、升永らが全国8高裁・6高裁支部で提訴した訴訟のうち、東京高裁で審理されている事案である。
傍聴後、記者会見に臨んだ古田は、「投票価値を一人一票に近づけていかない限り、民意は正しく反映されない。多くの声で(一人一票を)実現につなげたい」と話した。お粗末な政治家のお粗末な政治に国民の不満が募る今日、新たな政治の胎動をもたらすかもしれない。(敬称略)