勝ったドコモに「受信エリア」の懸念。KDDIは、端末に搭載しても委託放送事業参加には二の足を踏む。
2010年11月号 BUSINESS
mmbiが発表した携帯マルチメディア放送の端末
来年7月の地デジ(地上デジタルテレビ放送)移行後、東京スカイツリーの開業(12年春)とほぼ同時にアナログ跡地の周波数帯で始まる携帯用マルチメディア放送。その認可業者の座を争うNTTドコモ陣営対KDDI陣営の熾烈な一騎打ちは9月9日、ドコモに軍配があがった。
「開設計画の認定をいただけたことに対して、素直に喜びたいと思います。携帯端末向けマルチメディア放送は、アナログテレビ放送終了後の貴重な周波数を使わせていただくものであり、ぜひとも成功させたいと考えております」
総務省の電波監理審議会から決定を伝えられた後、ドコモやフジテレビ、日本テレビなど在京テレビ局や伊藤忠商事が出資している株式会社マルチメディア放送(mmbi)が出した勝利コメントである。ところが、米クアルコムと組んで敗れたKDDIに対し、ラグビーのノーサイドのように一見互いの健闘を称えるかのようなくだりがあった。
「サービスの普及拡大には、多くの委託放送事業者様に参入いただくことが不可欠と考えております。(中略)メディアフロージャパン企画およびKDDIにも、ぜひ参入を」
関係者はそこにドコモの不安を読み取った。「KDDIはマルチメディア放送サービスを自社の端末に搭載しないのではないか」――。
通信のライバルの角逐が国民の資源たる電波の有効活用を阻害するなどもってのほかだが、ドコモが意趣返しを真顔で懸念するほど、終盤戦でmmbiとメディアフロー両陣営の争いは熾烈を極めたのだ。
05年ごろからの両陣営の戦いは、決着が迫った今年6月から異様にヒートアップ。それが総務省主催で一般公開された説明会の場で衆目にさらされた。三度の説明会は各々が自ら推進する方式の利点をアピールする場ではなく、互いの欠点をつつきあい、事業失敗の可能性を指摘しあう修羅場と化した。果てはmmbiから「メディアフロー方式が採用された場合、ドコモは端末搭載を見合わせる」といった発言まで飛び出して、関係者を唖然とさせた。
公開説明会の狙いを総務省は「議論の透明性を高めるため」とし、ドコモの“恫喝”発言にも「決定が左右されることはない」としていたが、狙いどおりの効果が得られたかどうかは微妙なところ。傍聴したある委託放送事業の担当者は「どちらも成功しないという印象だけが強まった」と厳しい評価を下した。
勝利コメントの中でドコモがKDDIに参入を呼びかけたのは「説明会でつい口が過ぎましたが、もう終わったことですから水に流しましょう」という意味だったわけだ。でなければ、優れたコンテンツ制作能力を持つわけでもないKDDI陣営に委託放送事業者として参入を呼びかけるメリットなどほとんどない。
では、実際、KDDIはこの呼びかけにどう応えるのか。本件のKDDI側責任者ともいえるメディアフロージャパン企画の増田和彦社長は「(決定に)違和感はない。どちらに決定したとしても、相手方に乗るべきかどうかは普通に検討したはず」と冷静にこたえる。
端末対応については「現状、正確なサービス内容がつかめていないので白紙。これから検討する」としつつ「ユーザーのニーズが高いと判断すれば、迷わず搭載することになる。現時点で搭載しない、という判断をすることはない」と、先の説明会のドコモ発言に対する報復行為はとらない姿勢を見せた。
しかしその先の委託放送事業者としての参画には慎重な姿勢だ。「委託として参加しなくとも、対応端末を出す選択肢もある」というように、あくまで消極的な協力体制にとどまる可能性は高い。その根拠となるのが、説明会で何度となく指摘してきた「受信エリア問題」だ。
説明会の席上、KDDI側が繰り返し指摘したmmbi側のウイークポイント、それが「受信エリアと品質の確保」。大規模放送局中心の広域ネットワークを軸として難視聴エリアを簡易送信機(ギャップフィラー)で埋めるという基本方針は、移動体向け放送サービスとしてはKDDIならずとも疑問が残る。
ある放送局の送信技術関係者は「マルチメディア放送が独自の方式を用いて算定した結果であり、我々が過去の経験などから軽々しく評価することはできない」と前置きしつつも、「親局(東京スカイツリー)からの試験電波を一度も出していない状況において、受信環境や品質にあそこまで絶対の自信を持つ姿に違和感はある」と話している。
契約式の有料多チャンネル放送であるマルチメディア放送では、仮に何らかの電波障害による品質低下があったとしても広告主への賠償などは発生しない。だが、「見られない地域が多い」との評判が立てば、よほど強力なコンテンツを用意しない限り、一般ユーザーに見放されてしまう。
終盤、KDDIは総務省などに「共通の調査機関による受信状況チェックを行うべきだ」と呼びかけたが、実現することなくドコモに凱歌があがった。「ビル陰などの影響に関係なく、対象エリア内であればほぼ漏れなく安定受信が可能」と言い切ったドコモの自信は、東京スカイツリーの開業、つまりサービスが始まるまで証明されることはなくなった。
政府が開放を検討している放送局の未利用周波数帯(ホワイトスペース)を利用したメディアフロー・サービスの実施を「技術的に全国放送は困難」として見送る方針を固めているKDDIにとって、委託放送事業者としての参画は5年間の活動を活かす唯一の道となる。それでも慎重にならざるをえないのは、エリア問題を含めた「mmbiのいい加減さ」にある。
説明会を傍聴した委託放送事業者は言う。「安価にエリアを構築して委託放送事業者との契約料金を安く設定するというmmbiの説明は理解できる。が、その放送エリアが『安かろう悪かろう』では、コンテンツを提供する側も信用問題を含め、思わぬダメージを受ける恐れがある」
「50年以上の歴史を持つ地上波放送局のノウハウがあり、効率的な送信局配備が可能」とはドコモの弁だが、50年以上のノウハウがあるのはあくまで家庭用テレビ(固定受信)であり、唯一の移動体放送であるワンセグは開始からまだ4年半だ。
そのワンセグでもエリア内に多くの受信不良地域が指摘されていることから、非サイマル放送(固定とは異なる番組・広告を流すサービス)の本格導入には至っていない。受信端末は普及したものの、実際の利用状況はトホホのレベルに過ぎない。
携帯端末向け多チャンネル放送といえば、思い出されるのは昨年3月に放送を終了した「モバHO!」。携帯端末搭載が果たせず普及が滞ったこのサービスとは条件が大きく異なるが、業界内からは「二の舞を踏むのでは」との声が根強い。
前代未聞の“恫喝”までして周波数帯を手に入れたドコモ。単なる既得権益確保で終わらぬよう、努力が必要となるのはこれからである。