朝鮮風俗画「美と官能」の奥行き

映画『美人図』

2010年9月号 連載 [IMAGE Review]
by K

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男子優先のお堅い儒教道徳が支配していた朝鮮王朝(李氏朝鮮)時代、女性を真正面から捉えたこんなエロチックな風俗画があったとは――。18世紀末に実在した謎の天才絵師、シン・ユンボク(申潤福)を主人公とした映画『美人図』を見ての正直な驚きだ。

原作はイ・ジョンミョンの小説『風の絵師』。史実と違い、ユンボクが女性だったという大胆な仮説に基づき、当時最高の宮廷絵師キム・ホンド(金弘道)を巻き込んだ恋愛葛藤劇に仕立てているのがユニーク。韓国でテレビ放映後、08年に映画化され、230万人以上を動員するほど人気を博した。露出度の高さでも話題になった。

口が小さくて肩幅が狭い、当時流行の加髢(かもじ)を乗せた大きな頭をしているのがユンボクの描く女性像の特徴。とりわけ「美人図」は、すずやかで美しい目、魅惑的な赤い唇、柔らかな姿態が際立ち、生きた美人に直接相対しているような感じを抱かせる。

ユンボクには風俗画30図からなる画帖「蕙園傳神帖」があり、映画はその絵柄を再現しながら色彩感あふれる画面をつなぐ。監督は『僕の、世界の中心は、君だ。』のチョン・ユンス。ユンボクと恋人との情交場面や、妓生(キーセン)が集まる妓楼で両班(ヤンバン)を前に2人の妓生がストリップショーさながらに中国から伝わる枕絵の性愛技術を見せるなど、今も儒教道徳の影響が残る韓国で、かなりきわどい場面を撮っている。

物語は、宮廷絵師の跡継ぎを嘱望されていたユンボクが幼い頃に自殺し、妹が成りかわったという設定から始まる。実際に絵を描いていたのは妹で、父は一家の名誉を守るべく、娘をユンボクとして名絵師キム・ホンド(キム・ヨンホ)の元に弟子入りさせる。ユンボクの才能は開花、世情を知りたいという王命を受けて風俗画を描きに市中に出たユンボクは、鏡職人ガンム(キム・ナムギル)と知り合うが、ガンムに女であることを知られ恋に落ちる。

キム・ホンドもユンボクの秘密に気づき、師弟愛から男女の愛が燃え上がる。キム・ホンドを愛していて、ユンボクとの恋路を邪魔するのが朝鮮一の妓生ソルファ(チュ・ジャヒョン)。二重の三角関係が複雑に絡み、起伏に富んだストーリー展開だ。風俗画は人間の真実をとらえるものだとユンボクは考えるが、結局、破廉恥な絵を描いたとして宮廷の図画署を逐われる。ユンボクを演じるのはモデル出身のキム・ミンソン。30歳を過ぎていながら、青春期の男性的な若さと成熟していく女性の二面を演じ分けていて好演。

歴史的には映画で脇役のキム・ホンドの方がよく知られている。しかし、このキム・ホンド、『もう一つの万葉集』などの著作がある韓国の李寧煕女史によれば、1年余の間、日本に密航し「東洲斎写楽」の名で浮世絵を描いた人物とされる。『もうひとりの写楽』に書いているのだが、日本の火薬や火兵器の製造法・設備状況を探察しスケッチするためにやってきた李朝の非公式特使だと推理している。朝鮮通信使の随員として日本に来た画員がスパイの任務を負っていたのだから、そんなことがあってもおかしくはない。朝鮮絵画の世界も掘り下げてみると意外に謎が多く奥が深い。

   

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