実体不明の中国事業を吹聴し株価が急騰するセラーテムの背後に、怪しい中国資本。ザル規制は東証も同罪だ。
2010年9月号 DEEP [野放し日本株式市場]
決算説明会に臨む池田修セラーテム社長(8月6日)
「于文革(ユウエング)会長か王暉(ワンフイ)社長にお会いしたい」
「2人はここにほとんど来ません。何かご用ですか」
「日本の上場企業が御社を買収したそうですが、事実を確認したい」
来意を告げた途端、受付の女性は急に表情が険しくなり声を荒らげた。
「なぜそんなことを聞くのか。買収なんて私たちにはわからない」
北京市朝陽区にある高層オフィスビルの9階。エレベーターの前には「北京誠信能環科技」と書かれた大きなプレートがかかっていたが、受付越しに見える広いオフィスはがらんとし、数人の社員が暇そうにパソコンの画面を眺めているだけだ。人の出入りも全くない。
ここが社員数400人余、2010年1~6月の売上高約17億円、営業利益約4億円の省エネルギー関連企業と聞いて誰が信じるだろうか。
実体があるのかどうかも怪しい中国企業である。だが、この会社の業績は日本の上場企業の連結決算に堂 々と組み込まれ、投資家に開示されている。問題の企業は大阪証券取引所ヘラクレス上場の画像処理ソフト会社、セラーテムテクノロジーだ。8月6日に発表した10年6月期決算によれば、昨年末に子会社化した「北京誠信能環科技」が連結売上高34億6100万円の5割、連結営業利益5億7100万円の7割を稼ぎ出したという。
株価の動きも尋常ではない。09年初めの時点では4000~5000円台をさまよっていたのが、後述する中国系ファンドの出資や北京誠信の子会社化を材料に急騰。今年に入って、業績予想の上方修正や中国での新規事業参入などのIR(投資家向け広報)が出るたび、株価がはね上がる。8月3日の終値は14万9900円と、1年半前の何と30倍だ。
セラーテムは一昨年まで中国とは縁がなく、しかもいわくつきの過去を持つ。01年12月にナスダック・ジャパン(現ヘラクレス)に上場、独自の画像処理技術を売り物に「ITベンチャーの星」と呼ばれたが、1年後に突然、赤字転落を発表して株価が暴落。創業経営者が持ち株を高値で売り抜けた疑惑が浮上した。
その後は7期連続で赤字を計上、上場当時に調達した資金を食いつぶすゾンビ企業になり果てていた。そんな会社が、中国で全く畑違いの省エネ関連企業を買収し、連結業績の急回復を成し遂げたというのだ。疑うなというほうが無理だろう。
本誌の取材で、驚くべき実態が浮かび上がった。中国の“赤いハイエナ”がセラーテムを支配し、北京誠信の買収を通じて、息のかかった中国企業を大証に裏口上場させた可能性が高いことがわかったのだ。
裏口上場とは、業績不振などで時価総額が下がっている上場企業を第三者が買収し、そこに別の未上場企業の事業を移して、実質的な上場を果たすことだ。取引所や証券管理当局の煩雑な上場審査を避け、時間とコストを節約する抜け道として香港や中国で多用されている。
中国では裏口上場は「借殻上市(殻を借りた上場)」と呼ばれる。「殻」とは日本で言う「ハコ」のことだ。情報開示が不十分で、インサイダー取引など不正の温床になっているのも日本と同様だ。
セラーテムの現状をできるだけ簡単に図式化すると、下の相関図のようになる。中国の資本市場に詳しい中国人専門家に見せたところ、即座にこうコメントした。
「香港などでよく見られる裏口上場の一種です。『ハコ』に資本と経営者を送り込み、悪く言えば乗っ取る、よく言えば再建を図るのが目的でしょう」
この専門家によれば、裏口上場には株価つり上げが狙いの悪質なケースや、上場をテコに健全な業務拡大を目指すケース、そのミックスなど、多様なパターンがある。ではセラーテムの場合はどうなのか。
発端は09年1月に遡る。当時のセラーテムは手元資金はまだあったが、時価総額がヘラクレスの最低基準を割り込み、上場廃止の可能性があった。追い詰められた現社長の池田修(当時は取締役)らは、セラーテムOBで現取締役兼CFO(最高財務責任者)の宮永浩明に相談した。
宮永はもともと中国人で、来日して京都大学で学んだ後、日本に帰化。丸紅を経て00年にセラーテムに入社した。業績が突然悪化した時期には取締役管理本部長だったが、02年11月に病気を口実に退社している。
宮永はその後、06年9月に中国の環境関連企業チャイナ・ボーチー(中国博奇)の副総裁に就任。同社は07年8月、中国企業として初めて東京証券取引所第1部に上場したことで有名だ。セラーテムは、その宮永の中国人脈に頼ろうとしたのである。
宮永は協力を約束。チャイナ・ボーチーCEO(最高経営責任者、当時)の白雲峰(バイユンフオン)の仲立ちで、2人の中国人実業家を池田に紹介した。
そして昨年6月、セラーテムは経営陣および中国系ファンド2社に対する第三者割当増資を発表した。宮永も増資の一部を引き受け、顧問としてセラーテムに復帰、翌7月には取締役兼CFOに就任した。中国系ファンド2社のオーナーは、宮永が連れてきた2人の中国人実業家だ。
ここから事態は急展開する。続く8月、セラーテムは北京誠信との戦略提携に調印。11月には北京誠信を15億円で子会社化し、その買収資金を第三者割当増資で調達すると発表した。それを全額引き受けたのが、中国系ファンドの一社の「Wealth Chime Industrial(WCI)」である。その結果、WCIはセラーテム株の49.56%を保有する筆頭株主になった。もう一社の「New Light Group(NLG)」が持つ4.56%を加えると、中国系ファンドの保有率が過半数となった。
同時に、北京誠信会長の于文革、社長の王暉、取締役の蔡静偉(ツアイジンウエイ)の3人がセラーテム取締役に就任。セラーテムからは社長の池田が北京誠信の取締役に就いた。子会社から親会社に役員3人が派遣され、親会社から子会社には1人というのは見るからに不自然だ。しかも于文革はセラーテム会長も兼任する。
現在、セラーテムでは社外取締役1人を除く常勤役員6人の半数が北京誠信出身者となり、宮永を加えると中国出身者が過半数を占める。また、社外取締役に就任した東京大学名誉教授の高橋満には、チャイナ・ボーチーの白雲峰の斡旋で声がかかっていた。もともとセラーテム出身の役員は池田を含む2人だけで、あとは中国関係者ばかりなのだ。
相関図をもう一度ご覧いただきたい。セラーテムの株式は中国系ファンドが過半数を握り、役員会も中国出身者が過半数。しかも前者と後者は、業務上や雇用上の関係を通じて直接間接につながっている。彼らこそ赤いハイエナの正体であり、一体となって北京誠信の裏口上場にセラーテムを利用したのだ。
とはいえ、それが適法に行われて情報開示や会計監査も徹底されていれば、必ずしも問題とは言えない。しかしセラーテムの場合、狙いが株価つり上げにあることを疑わせる状況証拠があまたある。
セラーテムによる北京誠信の買収を仲介したのは、筆頭株主でWCIのオーナー、趙広隆(チヤオコワンロン)だった。またNLGのオーナーの庄瑩(チユアンイン)は、北京誠信と顧問契約を結び、于文革と長年行動を共にしていたこともわかった。つまり北京誠信は、セラーテムの資本を支配する中国系ファンドと最初から親密な間柄だったのだ。にもかかわらず、セラーテムはこれらの情報を全く開示していない。
北京誠信の買収資金を出したのもWCIの趙広隆だ。北京誠信が将来有望な企業なら、彼が直接買収したほうが手っ取り早い。わざわざセラーテムを経由して買収したのは、裏口上場による株価つり上げで荒稼ぎを狙ったからではないのか。
本誌の問い合わせに、セラーテムは書面で回答し、「裏上場ではありません」と否定した。また、NLGの庄瑩との顧問契約は「09年6月以前に解消されています」としたうえで、北京誠信とWCI、NLGの間に深い関係はなかったと主張した。
だが、北京誠信とWCIの間に深い関係がなければ、趙広隆が買収を仲介できるわけがないし、資金を出すはずもない。庄瑩は09年6月に北京誠信の副社長の肩書で、北京の環境フォーラムで講演した記録がある。これに対するセラーテムの釈明は、「便宜上、副社長という名称を使う場合はあったかもしれませんが、雇用契約を締結したことはありません」というあきれたものだった。
セラーテムの看板を見ればチャイナ・ボーチーとの一体化は明らか(東京・日本橋)
セラーテムのデタラメぶりは、昨年から連発したIRにも随所に見られる。北京誠信が手がける電力関連の省エネ事業は、中国政府が外資の直接参入を規制している。このためセラーテムは、「科信能環(北京)技術発展」という100%子会社を別に設立し、ここと北京誠信が排他的契約を結ぶことで、北京誠信を実質子会社と見なす仕組みをとる。
ところが、今年3月26日、セラーテムは科信能環が次世代電力網のスマートグリッド事業に参入すると発表、その後の2週間で株価は2倍に急騰した。中国商務省の外商投資指導目録によれば、100%外資の科信能環が電力網の建設や運営に参入することはできないはず。この疑問を8月6日の決算説明会で池田にぶつけると、「事業ライセンスを取れるかどうかわからない」と答えた。
つまり、発表から4カ月以上が過ぎてもライセンス取得の見通しが立たない事業を、大々的にアナウンスしていたのだ。これを「風説の流布」と言わずして何と言おう。
ここまで来ると、セラーテムの連結決算に組み込まれた北京誠信の業績の信憑性も疑わしい。同社が実体不明の企業なのは冒頭で触れたとおり。池田は「日本の監査法人のチェックを受けている」と釈明したが、セラーテムの監査を担当するパシフィック監査法人は、事務所に常駐者はおらず秘書代行サービスが電話を受ける“幽霊”である。中国企業の監査経験はむろん皆無に等しい。
醜聞はセラーテム一社にとどまらず、もうひとつの上場企業にも飛び火する可能性が高い。言うまでもなく、東証1部上場のチャイナ・ボーチーである。北京誠信の裏口上場にボーチー前CEOの白雲峰が深く関与していた背景には、実はボーチーの内紛がある。
75年生まれの白雲峰は、東証上場を成功させた青年実業家として一躍注目を集め、中国のマスコミの寵児になった。ところが昨年末、一身上の都合を理由に突然CEOを辞任、副会長に退いた。代わってCEOに就任したのは、ボーチーの事実上のオーナーで会長の程里全(チエンリーチユエン)。東証上場後の業績不振と株価低迷に業を煮やした程里全が、白雲峰に責任を取らせた解任だったという。
白雲峰と程里全の確執は、中国の民営上場企業でしばしば生じる矛盾の典型だ。中国の資本市場では、野心旺盛で何らかの利権を持つ企業家と、株式公開や株価操縦で荒稼ぎを狙う資本家が手を結び、協力して上場を目指すケースが多々ある。後者の中には、「資本玩家(資本をもてあそぶ者)」と呼ばれる“赤いハイエナ”が少なくない。
ところが上場を果たすと、同床異夢が顕在化して内紛が起きる。ボーチーの場合は白雲峰が企業家、程里全が資本家だが、問題は程里全が筋金入りのハイエナであることだ。
程里全は、00~03年に深圳上場の比特科技というIT企業の経営者を務めていた。その期間に、同社が保証した子会社向け銀行融資が焦げ付き、3億元(約40億円)が闇に消えた。この事件により比特科技は04年に経営破綻している。
比特科技をめぐる不透明なカネの流れは、04~05年に中国でたびたび報道され、程里全も疑惑の当事者として名指しされていた。こんな危うい人物が黒幕のボーチーが、なぜ東証1部に上場できたのか。
上場を支援した大和証券も、トーマツも、森・濱田松本法律事務所も、東証とともに責任は重大だ。上場審査の時点では、程里全は社外取締役として目立たないようにしていた。誰かが正体を知りつつ、表に出ないよう画策したのではないか。白雲峰を追放した後の程里全は、東証の上場管理の甘さをいいことに、今やボーチーに君臨しているのだ。
一方、白雲峰は今年6月、取締役の肩書を残したまま副会長を辞め、事実上ボーチーを離れた。その後、宮永の誘いに応じて科信能環のCEOに就任したという。8月6日に東京の大和証券の会議室で開かれたセラーテムの取締役会にも出席していた。于文革、宮永らと手を組み、セラーテムを足場に復活を狙っているのだろう。
仮に東証が上場審査で程里全の過去を調べ、上場を差し止めていたら、セラーテムの宮永が白雲峰と出会うことはなかったはずだ。北京誠信の裏口上場のルーツは、ボーチーの東証上場にあったのである。
東証はかつて中国系企業の日本誘致に血眼になり、04~07年に新華ファイナンス、アジア・メディア、チャイナ・ボーチーの3社が上場した。だが、アジア・メディアは創業経営者による横領と粉飾が発覚して上場廃止。本誌前号で報じたように、新華ファイナンスは主力事業のほぼ全てを売却し、実体のない「ハコ」と化している。
セラーテムの問題がボーチーに飛び火すれば、中国系3社は全滅だ。東証は、中国企業に対する十分な知識も鑑識眼もないまま3社を安易に上場させ、赤いハイエナを日本市場に招き入れた責任を問われよう。
実にふがいない。東証も大証もしっかりせんかい!(敬称略)