「就職人気№1」JTBの崖っぷち

過去最悪145億円の赤字決算。債務超過の近ツーや日本旅行は見るも無惨。大手旅行会社に迫り来る「終末」。

2010年7月号 BUSINESS

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暢気な田川博己JTB社長

Jiji Press

「旅の思い出は子どもの思い出となって残っていく。その意味でも、旅行の仕方や仕組みをもっと提案していかなくては……」

ある経済誌で「若者の旅行離れ」の原因を問われ、なんとも牧歌的な発言をしているのは、旅行業最大手ジェイティービー(JTB)の田川博己社長だ。リクルートが発表した来春卒業予定の大学生1万1640人を対象にした就職志望企業ランキングでJTBは7年ぶりに首位に返り咲いたばかり。田川社長の暢気な発言といい、就職人気の高さといい、順風満帆に見えるが、実は旅行業界全体が未曾有の苦境に直面している。

「旅行会社が危ない」。コンピューターによる旅券予約システムが旅行代理店の店頭に普及し始めた四半世紀前からそう叫ばれてきた。鉄道や航空機などの輸送機関やホテル・旅館などの宿泊施設と利用客がオンラインで結ばれることで「旅行代理店は不要になる」という単純な理屈だった。ところが、セキュリティーや換金システムなどインフラ面の整備の遅れや、しがらみで結びついた業界事情などによって「利権」は守られ、インターネット利用者が爆発的に増えてからも大手旅行会社は生きながらえてきた。だが、もういけない。大手旅行会社の決算数字は長期低落だけでなく、財務の脆弱性も覆い隠せなくなり、「退場」の日が近いことを予感させる。

「楽天トラベル」だけが躍進

JTBは5月28日に「過去最悪の決算」を発表した。10年3月期の連結売上高は前期比12%減の1兆1212億円。景気低迷で企業の出張需要が急減し、新型インフルエンザ流行で個人旅行の需要も落ち込んだ。こうした収入減に加えて日本航空破綻に伴う保有株式や社債など投資有価証券の評価損24億円を計上、連結最終損益は145億円の赤字となった。09年3月期も23億円の連結最終赤字だったが、3ケタの赤字は異例。100億円を超える純損失は前身の日本交通公社時代を含めて初めてだ。

業界2位の近畿日本ツーリスト(近ツー)はさらに悲惨だ。09年12月期の連結売上高は前期比15%減の627億8500万円、連結最終損益は3期連続の赤字で、その額は84億円。最終赤字額は前期(08年12月期)の37億円から大幅に悪化した。同社は昨年10月に192人(単体の社員総数3603人)の希望退職を実施したのに続いて、全店舗の2割程度(50~70店)の店舗閉鎖を発表。加えて企業年金の給付減額といったリストラ策を次々に打ち出した。

ところが、5月11日に発表した10年12月期第1四半期(1~3月)決算で近ツーは34億円の連結純損失を計上、3億8700万円の債務超過に陥ってしまった。慌てた同社は5月27日に東京都千代田区神田松永町にある本社ビルと土地を加賀電子に32億円で売却することを発表。10年12月期に7億5千万円の売却益を計上することを公にして、信用不安が広がるのを防ごうとしている。近ツーをめぐっては、01年に決定し、翌年あっさりと白紙になった「日本旅行との合併話が再燃するのでは」との観測まで飛び交っている。

だが、相手の日本旅行も経営の苦しさは近ツーと大差がない。09年12月期の売上高は前期比17%減の415億9700万円、最終損益は同じように3期連続の赤字で、その額は10億6200万円。大手旅行会社の09年度取扱高ランキング(日経産業新聞まとめ)で、日本旅行(3476億円、08年度比18%減)は初めて阪急交通社(3528億円、0.4%増)に抜かれ、4位に転落する屈辱を味わっている。

ちなみにランキングトップはJTB(1兆4172億円、15%減)で、2位は近ツー(3803億円、17%減)。仮に近ツーと日本旅行が合併しても取扱高では首位のJTBの半分、3位の阪急交通社を加えてもJTBに遠く及ばない。収益構造が崩れかかっているのに、JTBの経営者と社員に危機感が乏しいのはこうしたガリバー構造が背景にある。

大株主に「右顧左眄」の限界

日本旅行の4位転落とは逆に、躍進が話題を呼んだのは楽天トラベルだ。09年12月期の同社の旅行取扱高は前期比17%増の3051億円。(新型インフルエンザの影響を「限定的」と読んでツアー拡大に賭けた阪急交通社を除き)既存の大手旅行会社が軒並み減収となる中、ネット専業の楽天トラベルだけが大きく業績を伸ばした。数年前まで新興勢力と呼ばれたエイチ・アイ・エス(HIS)も09年度取扱高は前年度比13%減の2800億円。楽天トラベルは、このHISを抜いて業界5位となった。

「ネット時代」といわれて久しいのに、大手旅行会社の取り組みは驚くほど遅れている。JTBを例にとると、10年3月期のネット事業売上高は906億円で売上高全体に占める割合はわずか8%。巨額の赤字転落を受けて同社は8月下旬をメドに新たな中期経営計画を作成するが、その中にネット事業を13年3月期までに2千億円に拡大する方針を盛り込むという。近ツーも危機対策の中で、09年12月期110億円のネット取扱高を12年12月期に400億円に増やす計画を打ち出している。

近ツーは年初時点で、国内パック旅行商品のうち2割しか対象にしていなかったネット予約をすべての商品に開放するといった「ネット強化策」を明らかにしていた。これまで2割しかネットに開放していなかったのは店頭販売への影響を懸念したため。近ツーの店舗は260店(今年1月時点、法人専門店は除く)。JTBも885店(10年3月末)を抱えており、こうした店舗とそこで働く従業員の存在が、ネット事業に舵を切る足枷になっていた。

近ツーは年内に全店舗の2割程度を閉鎖すると、今年2月に発表。JTBも12年3月期末までに、やはり全店舗(この時点の全国店舗数は940店)の約2割に当たる200店近くを閉鎖する方針とされる。しかし、「得意客が楽天トラベルはじめネット専業に流れている」という悲鳴が営業現場から漏れてくる。果たして2割程度の店舗閉鎖で乗り切れるのか。労組の影響力が強いとされる旅行業界。その行く手には、労使紛争が待ち受けている。

大手旅行会社のもう一つの「頸木(くびき)」は大株主の存在だ。JTBの筆頭株主は財団法人日本交通公社(持ち株比率30%)だが、2位のJR東日本(22%)と3位のJR東海(13%)を合算すると35%になる。1912年に鉄道院(後の鉄道省)が母体となって前身の「ジャパン・ツーリスト・ビューロー」を発足させて以来、JTBは旧国鉄勢の影響が強く、82年まで歴代社長は国鉄OBが占めてきた。最近では5代続けてJTB生え抜きが社長に就任しているが、絶えず大株主のJRの顔色を窺わざるを得ず、抜本的なリストラや大胆なネット戦略を打ち出せなかった。

近ツーも立場は似ている。東証1部上場とはいえ、近鉄グループが40%を超える株式を保有し、事実上の親会社である近畿日本鉄道が歴代社長を送り込んできた。3位の阪急交通社は阪急阪神ホールディングスの孫会社であり、4位の日本旅行もJR西日本が80%の株式を握る。日本の旅行会社は大手といえども、親会社である輸送機関に右顧左眄してきた歴史を持つ。自立した経営陣が、時代に即応したリーダーシップを発揮しない限り、大手旅行会社は「終末」を回避できないだろう。

   

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