三菱UFJニコスを襲う「Wの悲劇」

2010年7月号 BUSINESS

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クレジットカード業界のある幹部人事が話題になっている。三菱東京UFJ銀行常務から三菱UFJニコスの取締役副社長に就任(6月28日付)する和田哲哉氏(56)だ。まずは副社長の椅子に座るが、「社長含み」であることは周知の事実。現在は旧三和銀行出身の佐々木宗平氏(60)が社長を務めるが、来年にも和田新社長が誕生しそうだ。

和田氏といえば2001年から7年間、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)のリテール戦略を取り仕切ってきた人物。しかし、彼の時代に手掛けたリテール戦略は、巨額の損失を出した消費者金融事業や黒字化のメドが立たない「じぶん銀行」など、失敗ばかり。現在のクレジットカード事業の低迷も「和田常務の失策によるところが大きい」(MUFG幹部)ようだ。

三菱UFJニコスが今後のカード事業の核として「MUFGカード」の発行を開始したのは08年7月のこと。グループ名を冠した新カードとあって、10年度までに130万会員を獲得し、さらに同社が発行する3ブランド(ニコス、DC、UFJ)の既存カード会員をMUFGカードに切り替えていく戦略を打ち出した。ところが、会員数はいまだ10万にも満たない低調ぶり。その元凶に挙げられるのが、和田氏がこだわり続けた「銀行本体発行カード」だ。

銀行系クレジットカード会社にとって最大の会員獲得チャネルは「銀行」にほかならない。ところが、三菱東京UFJ銀行には、和田氏が立ち上げ当初から深く関与してきた銀行本体で発行するクレジットカードがある。すでに採算割れが深刻化していたが、軌道に乗せて面目を保つことに躍起になっていた和田氏は、引き続き銀行の顧客に本体発行カードを販売したいがために、MUFGカードは銀行以外の顧客に推進する作戦を敷いたのだ。

これにはグループ内外から「戦略のミスマッチ」を問う声が上がったが、和田氏は逆に「本体発行カードの有益性を説き、急成長を遂げる損益計画を作成した」(同幹部)という。ところが採算は一向に改善されず、今期に入ると年会費無料の本体発行カードは発行停止に追い込まれ、時間だけを空費する最悪の結果に終わってしまったのだ。

その責任を取るどころか、三菱UFJニコスの副社長に就く当の和田氏は、「自らの責を免れるため、既存会員を積極的にMUFGカードに切り替えて数字合わせをしてくる」(三菱UFJニコス関係者)とみられる。だが、有力なカード推進主体でもある地銀には、他行名の付いたMUFGカードの販売に強い抵抗があり、なにより「顧客にとって距離感を覚えるMUFGカードへの切り替えは、顧客離れを招く」(同幹部)ことにつながりかねない。

一方、和田氏が負うべきクレジットカード戦略迷走の責任は、再度の大リストラという形で三菱UFJニコスの社員が負わされそうだ。同社は07年末以降、3649名もの早期退職者を募った甲斐あって、営業費用は08、09年度ともに中期経営計画の数値を下回ったが、肝心な営業収益はMUFGカードの低迷などから1千億円以上も下振れしており、09年度は462億円の当期赤字に陥った。今年度の見通しはさらに厳しく、MUFG内部で試算する同社の粗利益は当初計画からすでに365億円の減益が見込まれており、連結決算の足を引っ張られたくない彼らは同社の一般経費を当初計画から147億円削減(前年同期比202億円減)する計画に組み直している。うち人件費の削減額が67億円(同52億円減)にも上っており、親会社と距離のある出身母体の社員からリストラの憂き目に遭いそうだ。

三菱UFJニコスのある幹部は、迫り来る事態を和田氏の頭文字から「Wの悲劇」と呼ぶ。和田体制の確立で、ますますMUFG支配が強まる三菱UFJニコス。そこで待ち受ける運命は、確かに「植民地の悲劇」といえそうだ。

   

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