2010年4月号 BUSINESS
事業会社では過去最高、2兆3千億円もの負債を抱えて経営破綻した日本航空に、全日本空輸が不信を募らせている。事の発端は、日航が会社更生法の適用申請の3日後に発表した「バースデー割引」だ。日航は3年前に廃止したこの割引を4月の搭乗分から再開し、誕生日の前後7日間、本人とその同行者5名までの国内線運賃を最大74%(6千~2万円)値引きする。
全日空が対抗して「プレミアム特割」を発表すると、日航はその翌日に「特便割引3」を出し、全日空が「スーパー旅割」を打ち出すと、日航もすかさず「スーパー先得」で追随した。日航の破綻をきっかけに、両社は先の見えない値引き合戦に突入してしまったのだ。破綻した日航が大幅な値引きができるのは、日本政策投資銀行による融資があるためだ。
日航には既に政投銀から1千億円のつなぎ融資が行われている。融資の実施は、1月初めに関係閣僚が首相官邸で協議して決めた。国が100%出資する政投銀の損失は、最終的には国の損失となる。全日空は「政投銀の融資は公的資金であり、日航の割引戦略は公的資金を原資にした不当な安売りに他ならない」と強く反発している。
融資の一部は旅行会社へのリベートにも使われ、販促や値引きの原資にもなっている。全日空は「日航破綻の後、複数の旅行会社が『JAL応援パック』などと題したツアーを組んだが、この多くにも日航からのリベート、すなわち公的資金が使われているはず」と指摘する。
日航の大西賢社長は値引き販売について、「パイを奪い合う運賃設定ではなく、日航に興味を示していなかったお客様に訴求するのが目的」と釈明する。だが、そうだとしても「客単価を上げて赤字体質から脱却する」という再生計画の方針に反することは間違いない。欧米では航空会社の経営破綻は珍しくないが、欧州連合(EU)は公的支援による不公正な競争を禁じ、EU域外の航空会社に対しても、違反すれば域内への航空機の乗り入れを制限する方針を示している。
全日空の猛抗議を受けて、前原国土交通相は「公的資金を入れたダンピング競争で首を絞め合うのは、厳に慎まなければいけない」と述べ、国交省は航空局長名で、日航に不当廉売の自粛を求める通達を出した。
両社は、地方でも火花を散らしている。静岡県が日航の静岡―福岡線をてこ入れするため、県の予算を使って利用者にクオカードなどを贈呈する特典を設けようとしたところ、全日空が横槍を入れてきた。
県は「特典は福岡便の利用者向けで、日航の支援ではない」と説明したが、全日空は静岡空港からの撤退もちらつかせて再考を求め、結局は静岡空港に就航するすべての便に同じ支援を行うことになった。日航関係者は「競合路線でもないのに……」とぼやくが、全日空は、たとえクオカード1枚であっても、日航だけを優遇することが許せないようだ。
全日空がここまで怒る背景には、「日航再建問題で終始、蚊帳の外に置かれたことも影響している」(業界関係者)との見方もある。全日空は日航に「共同で着陸料や航空機燃料税といった公租公課の引き下げを求めよう」と提案したが、日航はこれを拒んだ。当局には非公式に日航の国際線の一部を譲り受ける用意があると打診したが、これも検討の俎上には載らなかったという。
全日空も2010年3月期に450億円の経常赤字を計上する見通しで、業績は決して楽ではない。1月に急逝した山元峯生前社長が進めたANAホテルの売却などで、何とかキャッシュフローを確保できているものの、この先、日航と同じ道をたどる可能性もゼロではない。
値引き合戦は利用者にとっては歓迎すべきことだが、公的資金を使った消耗戦は、新たな破綻の呼び水にもなる。全日空の必死の形相を見ていると、最悪のシナリオまで思い浮かんでしまうのである。