慶大発EV「シム」に相乗り企業が殺到

技術はオープンソース。下請けの上下関係がなく、自動車産業のピラミッド構造を突き崩す可能性も。

2010年3月号 LIFE

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スマートグリッド(次世代送電網)の要であるEV(電気自動車)によって、日本の自動車産業は一変するかもしれない。慶応義塾大学の清水浩教授らが創設した大学発EVベンチャー「シムドライブ」が1月に行った先行開発車事業第1号の発表会に足を運んだ人は、そう感じたのではないだろうか。

事業に参加する企業・団体は当初予定の20機関から大幅に増えて34機関に上る。うち名称の公表をOKした28機関は別表のとおり多種多彩である。参加機関は2千万円の費用を支払い、それぞれの得意分野を生かしつつ対等な立場で設計に着手、1年後をメドに試作車を製作する。図面や仕様をメンバー内で自由に共有する「技術のオープンソース化」も特徴となっている。

発表会ではいすゞと三菱という注目の2自動車メーカーの代表が挨拶に立った。デザイン部門では、フェラーリの造形で名高いピニンファリーナにいた奥山清行氏をディレクターに起用、海外出張中の奥山氏からビデオメッセージが届いた。

充電後300キロ走行の脅威

清水社長によれば、シムドライブ方式の最大のメリットは、EVの最大の課題であるフル充電での走行可能距離を、ガソリン車改造型の車種に比べ約2倍にできることだという。

社名のSIMが「シミズ・インホイール・モーター」の略であることからも分かるように、核となる技術は、車輪の中に組み込むインホイールタイプである。しかも筒の中の軸が回転する通常の方式ではなく、軸を固定として外側の筒が回るアウターローター方式という。外側の筒をホイールと接合することで、従来のEVが備えていたドライブシャフトやデファレンシャルギアはもちろん、通常のインホイールモーターに使われてきたギアも不要となる。その結果、駆動抵抗が減り、同じバッテリー容量でも走行距離が伸びる。

また、このモーター付き車輪を装着するプラットフォームも「コンポーネントビルトイン」式アルミフレームという、既存のEVとは異なる構造を採用した。角型断面のアルミ押し出し材を前後方向に並べて溶接し、断面内にバッテリーを入れる。剛性を確保したうえで軽量に仕上がるだけでなく、上にはモーターもバッテリーも存在しないので、室内の広さを保ちつつ、空力性能などを追求できる。プラットフォーム側でも走行距離増加が見込めるのである。

日本国内ではこの春、2009年に発表された三菱のEV「アイミーブ」の一般販売が始まり、年末には日産のEV「リーフ」も発売される。いずれもフル充電での走行可能距離は160キロにとどまる。しかしシムドライブなら、同程度の動力性能で約300キロ走り続けられる。既存のメーカーにとって、この数字は脅威になるだろう。

それだけではない。シムドライブにはメーカーとサプライヤー(部品製造会社)の上下関係が存在しないのだ。経営面を司るのはベネッセホールディングスの福武總一郎会長であり、技術面を統括する清水社長のもとで、メーカーもサプライヤーも横一線で並んでいる。

現に自動車メーカーの傘下にあってガソリン車の部品を製造していながら、シム事業に名を連ねた会社がある。たとえば、エンジン内部のピストンリングを製造する帝国ピストンリング。納入先は3割がトヨタ向けで、株主構成でも5%強を占める。従来、EV技術とは無縁だったが、平出功会長兼社長は「予想以上に早くEVの時代がやってくることを痛感し、技術を習得するために今回の事業に加わりました」と語る。が、理由はそれだけではないはずだ。

年明け早々、トヨタがサプライヤーの納入価格を3割低減する意向という情報が流れた。「乾いた雑巾を絞る」トヨタは、従来からサプライヤーのコストダウンを徹底してきた。しかし新興国での低価格車競争に勝つためにはそれでも不足らしい。

テレビや新聞は大スポンサーに気兼ねして報道しなかったが、事実であればサプライヤーには拷問に等しい要求だ。現状でも赤字覚悟で生産しているサプライヤーが、軒並み採算割れを起こして廃業に追い込まれかねない。部品の品質が低下して、今回のトヨタのような大リコール騒ぎがまた勃発する恐れもある。

従来の自動車産業では、サプライヤーが「下請け」の位置にあり、仕事をもらう以上は逆らえない。そこにシムドライブのような民主的でオープンな企業が現れたらどうなるか。自動車産業のピラミッドから乗り換える経営者は少なくないはずだ。

第1号事業の募集を締め切ったあとも、シムドライブには参加の申し込みが続々舞い込んでいる。第2号事業は当初の1年後から大幅に前倒しし、今春に募集を締め切って稼働を開始する。参加企業が増加し続ければ、自動車産業で一大勢力になることは間違いない。

上下関係がないのは、多種多様な業種が参加し優劣をつけられないためでもある。EV技術は自動車以外にも応用の道がある。発表会でそれを提唱したのが、シムドライブの取締役を兼ねる情報通信企業ナノオプトニクス・エナジーの藤原洋社長だ。

地産地消型インフラにも

インターネット総合研究所の所長も務める藤原社長が立ち上げた同社は、世界で初めて高温超伝導体を用いた直流超伝導送電を実用化した企業としても知られる。この技術はスマートグリッド構築に有効とされる。

清水社長は、シムドライブのEVに使われるインホイールモーターやリチウムイオン電池は日本発の技術だと強調していたが、スマートグリッドも同様に「日本のテクノロジーが世界を牽引している」と紹介した。

EVはスマートグリッドの核になり得る構造を持つ。バッテリーに蓄えた電気を家庭でも使えるからである。太陽光などは天候や日照次第の不安定な電源であるため、「走る大容量バッテリー」であるEVで補完すれば、家庭で電力の“自給自足”が可能になるという。

藤原氏はこの考えを広げ、都市ごとに太陽光や風力発電を用いた地産地消型のエネルギーインフラを構築し、地域内の交通機関にEVを使うことで、インフラを有効活用しようと提唱している。さらに約4分の3が未使用といわれるテレビ放送用電波の空き周波数(ホワイトスペース)を活用し、エネルギーの発生・消費状況などの各種情報を地域住民や事業者に伝達する構想もある。

藤原氏はこれを「地産地消型エネルギーグリッドと情報グリッドの統合」としており、シムドライブのEVが導入される都市に、充電ステーションやメガソーラー太陽光発電、情報グリッド発信センターなどのインフラを設置していく計画だという。

シムドライブの第1号車が登場する13年以降、EVベンチャーが自動車業界の政権交代を迫る日が来るかもしれない。

   

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