「最も死に近い場所」の臨場感

映画『ハート・ロッカー』

2010年3月号 連載 [IMAGE Review]
by K

  • はてなブックマークに追加
映画『ハート・ロッカー』

映画『ハート・ロッカー』(3月6日より東京・TOHOシネマズ みゆき座ほか全国でロードショー)

監督:キャスリン・ビグロー/出演:ジェレミー・レナー、アンソニー・マッキーほか(配給/ブロードメディア・スタジオ)

文化は民族の国力を反映する。イラクで活動する米軍爆発物処理班の兵士を描いた戦争アクション映画『ハート・ロッカー』は、軍事大国アメリカだからこそできた映画だ。しかも、イラクでは爆弾事件が頻発し多数の死傷者を出しており、現実味に富んでいる。

2004年夏、バグダッド郊外。爆弾処理班の班長、トンプソン軍曹が殉職し、代わりにジェームズ二等軍曹(ジェレミー・レナー)が赴任してきた。基本的な安全対策に無頓着で、「死ぬなら気持ちよく死にたい」と死に対する怖れがないかのように振る舞い、補佐のサンボーン軍曹(アンソニー・マッキー)とエルドリッジ技術兵(ブライアン・ジェラティ)は、彼のやり方に不安を募らせる。カメラは3人の38日間の任務を追った。

「ハート・ロッカー」とは、爆発を「行きたくない場所・棺桶」に例えたイラクでの兵隊用語。イラクの米軍兵士の戦死理由の半分以上が爆弾だという。この映画の衝撃は、現代の戦場の知られざる現状を白日の下にさらしたことだ。爆弾は地中や車のトランク、果ては子供の内臓に人間爆弾さながらに埋め込まれる。ロボットのように防護服に身を包んだジェームズが標的に近づき、爆弾の複雑な配線を確認して信管を取り除く。作業に集中すると邪魔な防護服も脱いでしまう。このような現場はこれまで見たことがない。今すぐ爆発しそうで観客の恐怖本能を揺さぶる。死に最も近い場所にいるのがジェームズだ。

脚本家・ジャーナリストであるマーク・ボールが04年、バグダッドの爆発物処理班と行動を共にし、その取材経験から脚本を書いた。女性監督キャスリン・ビグローは、ソ連の原潜を描いた『K-19』以来、7年ぶりの長編映画となる。監督は臨場感を強めるため、可能な限りの手立てを講じた。主役3人を選ぶに当たり、見慣れた有名俳優ではなく、新進の若手俳優を起用しようと考えた。「スターは映画の最後まで死なない」という先入観を観客に与えないためだ。俳優たちは、カリフォルニア州のフォート・アーウィン国立訓練センターの陸軍爆発物処理班で実地に学んだ。映画の中の音は、合成音ではなく、すべて現実の音を使うという凝りようだ。

撮影は主に、バグダッドに似た建物の多いヨルダン・アンマン市内の貧困地域で行われた。俳優やキャストはエアコンの効いたトレーラーではなく、砂漠の地面の上に建てた簡素な共同テントに住み、直射日光の下では摂氏55度に届く灼熱地獄を体感させられた。

ただ、アラブ人側から見ると、ワンサイドストーリーは否めない。イスラム的な価値観、アラブ人の心情は無視され、出てくるほとんどのアラブ人が爆弾テロリストに見えてくる。ジェームズが唯一、心を通わせるのが、米軍基地周辺で海賊版DVDを売るサッカー好きの少年で、ベッカムと呼んでいた。ジェームズには故郷に離婚した妻と息子がおり、息子の面影をベッカムに見いだしたのだろう。その心の交流が救いになっている。

ジェームズは、「爆弾を処理するのに一番大切なことは?」と訊かれて、「死なないことです」とすまして答える。が、実はそれが一番難しい。

   

  • はてなブックマークに追加