地獄はこれから米「商業用不動産」

米連邦預金保険公社の「問題銀行リスト」が552行に急増。100兆円を超える不動産ローンの借り換えが焦点に。

2010年2月号 BUSINESS

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ジングルメールで顰蹙を買うモルガン・スタンレー本社(ニューヨーク)

AP Images

サブプライム問題以降の金融危機で完膚なきまでに痛めつけられた米国経済。住宅の価格が暴落し、失業率は上がり、GM、AIG、その他多くの大手企業が破綻寸前に陥り……と踏んだり蹴ったりの状況だ。しかし、米国経済が本当の地獄を見るのはこれからだろう。商業用不動産という爆弾を抱えているからだ。

言葉を換えれば、商業用不動産の問題はこれから本番を迎えると見られる。商業用不動産の価格変動は住宅価格の変動よりもサイクルが遅れてやって来る。米国の住宅価格は2007年にピークアウトした後、下降を続けたが、ここ数カ月間に緩やかな上昇を始めた。しかし商業用不動産の価格はまだまだ下がっている。賃料は下がり、空室も増える一方だ。ムーディーズの商業用不動産インデックスは昨年10月に前月比で1・5%下落した。これは02年8月以来の低いレベルだ。ブルームバーグによると国内の商業用不動産の平均価格は1年前から36%のダウン、ピークの07年より44%も下がっている。

「ジングルメール」の脅威

注目すべきは、金融機関の破綻急増である。09年に140の米銀が破綻したが、これは08年に25、07年に3、06年と05年はゼロだったのに比べると大幅な増加だ。FDIC(米連邦預金保険公社)は今後も銀行の破綻は続くと見ており、FDICが作成している「問題銀行リスト」は552行にまで膨れ上がった。

銀行破綻の最大の原因は商業用不動産であり、特に中小の銀行が甚大な影響を受けている。中小銀行は住宅ローンや消費者ローンの分野で大銀行に太刀打ちできないので、どうしても地元の商業用不動産関連融資の割合が高くなるのだ。FDICは増え続ける破綻に対処するため予算を26億ドル(2390億円)から40億ドル(3690億円)に増やすと発表した(FDICは連銀の監督下にある大手金融機関には直接の権限が及ばないことに注意)。実は06年にFDICは「商業用不動産ローンは銀行の自己資本の300%以下に抑えるべき」という真っ当なガイドラインを出していたのだが、残念ながら機能しなかった。

そして、目下最大の問題と見られるのがリファイナンス(借り換え)だ。今年から13年にかけて計1.2兆ドル(110兆円)もの商業用不動産ローンが満期になる。我が国でも1兆円を超える商業用不動産ローンの借り換えが来るといわれているが、それとは比較にならない規模だ。今のように市況が悪化し空室が増えると、当然ながら貸し手が借り換えに応ずることは厳しくなる。今や「証券化したローンの3分の2が、全体では半分が、借り換え不能」とレミントン・ファイナンシャル・グループのボグダノフ氏は言う。

実はノンリコースローンの場合には不動産のオーナーが損失を最小にする奥の手がある(ノンリコースローンとは借り手に遡及しないローンのこと。借り手はローンを返済しなくても、物件さえ返せば返済したことになる)。アメリカでこのところよく聞くのが「ジングルメール」という言葉だ。これはもともと米国の住宅ローンについて使われた言葉である。アメリカの多くの州で住宅ローンはノンリコースローンであり、住宅価格が大幅に下落し、ローン残高を下回るケースが増えている。こうした場合、家の鍵を封筒に入れて銀行に送りつけ、住宅ローンにサヨナラをする人がいる。チリンチリンと鍵が鳴るイメージから、ジングルメールと呼ばれている。法律的になんら問題はない行為だ。しかし、万策尽きて家を出るしかないというような場合はともかく、返済能力には問題がないのにローンの返済をストップしたほうが得だから、という「戦略的ジングルメール」には、モラル上の問題が指摘される。

逃げ出したモルスタ

この「戦略的ジングルメール」を世界を代表する一流金融機関がやってのけ、顰蹙を買っている。モルガン・スタンレーは07年、不動産価格がピークの時期に一連の商業用不動産を計80億ドル(7380億円)で購入した。その後、価格が大幅に下落し、購入時の半値ほどになった。そこで同社はサンフランシスコ中心部エンバカデロのビル4棟を手放すことを決定した。同社広報担当アリソン・バーンズ氏は「これはデフォルト(債務不履行)でもフォークロージャー(差し押さえ)でもありません。我々は物件を渡して、ローン債務から手を切ることにしたのです」と言う。臆面もない弁明だが、要するに物件の価値がローン残高を大きく下回るようになったので、戦略的ジングルメールを選択したということだ。これで同社の債権債務はチャラになった。

モルガン・スタンレーのジングルメールは他にもテキサスを中心とするクレセント・リアル・エステート・エクイティーズの54物件、計65億ドル(5990億円)でも行われた。これはもともとモルスタが不動産ファンドに買わせようとしていたのだが、投資家から「高値買いだ」と批判されて自己資金で購入せざるを得なくなったものだ。購入にあたりバークレイズ・キャピタルから25億ドルのローンを受け、昨年8月3日に返済期日が来た。ところが、バークレイズは、その後、数回にわたり、期日の延期を了承した。これは言うまでもなく、モルスタに逃げられたら困るからだ。

しかし、結局、モルスタは白旗を揚げた。返済原資となるホテルの宿泊代、オフィスビルや商業施設の賃料等が不景気で大幅に下降したからだ。これらのキャッシュフローが当初は負債の返済コストの2.5倍あったのだが、09年に1.3倍、10年には1倍を下回ると予想されるところまで下落した。そこでモルスタは「もう抱えていられない」と判断するに至った。市場関係者の間には、商業用不動産市場の崩壊を見越したモルスタがわざとノンリコースローンの形式を選んだ、との穿った見方もある。

米商業用不動産ローンの中でノンリコースの割合はかなり高い。ノンリコースでは貸し手が損失をかぶることになるため、銀行の体力を直撃する。バークレイズのような体力のある外資系メガバンクならばしのげるだろうが、地場の中小銀行の場合は、大きな物件が一つやられただけでも破綻の危機に瀕することが予想される。

米国政府は08年に不動産関係の不良債権を処理するためにTARP(不良資産救済プログラム)をスタートさせ、多くの銀行に公的資金を投入した。すでにバンク・オブ・アメリカやJPモルガンなどかなりの数の大手米銀が返済を終えたが、多くの中小銀行は未だ返済できていない状況だ。そして、このタイミングで商業用不動産マーケットが火を噴き始めた。このまま行くと金融機関への公的資金の追加投入ということも十分あり得る。

一方で、米国政府はすでに記録的な額の国債を発行していて、銀行支援への余力が乏しい状況だ。サブプライム問題に加えて、商業用不動産、さらにはドルの信認問題にも飛び火しかねない。米国の金融危機は、これからが本番なのだ。

   

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