2010年2月号 GLOBAL
ニューヨーク連銀のダドリー総裁
AP Images
中央銀行の情報開示の悪さは万国共通だが、米連邦準備理事会(FRB)に比べれば、日銀の堅さはまだ可愛い部類に入る。日銀は一般メディア向けの総裁会見を毎月開いているし、海外プレスの個別取材にも応じる。一方、FRB幹部が公に顔を出すのはベン・バーナンキ議長の議会証言と地方連銀総裁の講演会のみ。FRBはプレスからの公開質問は一切受け付けない。FRBにアクセス権があるのはウォールストリート・ジャーナル紙など一部の米主要メディアに限られ、「知らしむべからず」という衆愚論が根っこにある。
が、めったに外部の人間と喋らないと、ストレスが溜まるのだろう。オフレコ懇談になると、バシバシ本音が出てしまうのもFRB幹部の特徴でもある。昨年末にFRBの市場オペを担当するニューヨーク連銀のウィリアム・ダドリー総裁が開いたオフレコ懇談は盛り沢山だった。
「2003年から04年にかけて住宅価格が上昇したことに気がつくのが難しかったなんておかしい」
「政府が介入した結果、一部の金融機関が儲けて巨額ボーナスにつながってしまった」
「FRBに対する批判があるのは知っている。だけど、破綻させないと宣言した瞬間に、債権者に責任を負わせることはできない」
金融マフィアも人の子なのだ。密室懇談で安心したのか、ダドリー総裁はアラン・グリーンスパン前議長と米政府をばっさり切って捨てたうえ、米保険大手AIG(アメリカン・インターナショナル・グループ)救済への批判を強める世論動向にも、滔々と反論をぶっていた。
米議会が昨年末に定めた金融改革法案では、FRBに対する米政府の監査強化が盛り込まれ、米政府監査院(GAO)が金融政策も監査することになった。バーナンキ議長は「中央銀行の独立性を侵す」と猛反対したが、ダドリー総裁はオフレコ懇談で「憂慮していない」と一蹴した。
金利や株価に影響を与えないため、FRB幹部は市場動向や景気先行きについて言質を取らせないのが通例だ。ところがどっこい、ダドリー総裁は「政策が足りないんだ。今年は緩やかに回復すると言われているが、財政が息切れする。(社債や証券化など)クレジット市場の機能不全は続いている」と、米景気に対する警戒感をあけすけに表現した。
国際通貨基金(IMF)によると、今年の米国内総生産(GDP)の伸び率(成長率)は1%強。GDPは昨年7~9月で5四半期ぶりにプラスに転換したが、ダドリー総裁は失業率が10%で高止まりする「ジョブレス・リカバリー」になると見ている。
総裁が「機能不全」と指摘したのは商業用不動産ローン(40~41ページ「地獄はこれから米『商業用不動産』」参照)。その残高は昨年半ばで3兆4千億ドルとGDPの約2割相当になり、5%が焦げ付いただけでGDPを1%押し下げてしまうのだ。
ニューヨーク市の中心街レキシントン通り49丁目。昨年12月に差し押さえられ競売に付された高級ホテル「W」は、経営部分がわずか200万ドル(約1億8千万円)で落札された。Wは中東ドバイワールド傘下の投資会社、イスティスマル・ワールド・キャピタルが06年に約2億8千万ドル(物件含む)で購入した。が、ドバイの危機と商業用不動産の価格低下で、その140分の1の値段で売却せざるを得なくなった。
米格付け会社ムーディーズが算出する商業用不動産の価格指数はピークだった07年10月の約半分。商業用不動産融資の焦げ付き増加が重荷となり、米地方金融機関の破綻は昨年130件を超えた。事実、商業用不動産ローンの延滞率は9%弱と16年半ぶりの高水準である。
破綻したバンク・ユナイテッド(フロリダ州)を米連邦預金保険公社(FDIC)から買収した銀行家のジョン・カナス氏は「向こう2年で1千社が破綻する」と警鐘を鳴らす。90年代の日本とそっくりで、ダドリー総裁の憂色もうなずける。