「電子新聞」に賭ける日経社長の成長戦略

2010年2月号 DEEP

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「一刻も早く成長戦略を打ち出さなければならない。核になるのは『電子版』だ……」。

日本経済新聞社の喜多恒雄社長は1月5日、東京本社で開いた全社部長会で悲壮な決意を語った。「電子版」とは、日経が全国紙で初めて、3月に創刊するインターネット上の有料新聞(電子新聞)のことだ。背景には若年層と広告主の「紙離れ」がある。09年12月期決算で過去最悪の赤字に陥り、「紙だけでは生き残れない」と覚悟を決めた。広告単価の下落、販売店の抵抗など前途多難は承知の上である。

日経の09年決算(単独)は、売上高が約1790億円で前年比9・6%減り、約60億円の営業赤字、税引き前損益も35億円の赤字だった。新聞事業の2本柱の一つ、販売収入は957億円と前年並みを維持したものの、もう一方の広告収入が激減。07年の840億円が08年720億円、09年は約490億円まで落ち込んだ。20年前の89年(1070億円)の半分以下だ。設備投資・交際費の抑制、ボーナスの大幅カットなどで180億円以上の経費を削減しても、赤字を回避できなかった。

今年も新聞事業の収益が上向く要素はない。このため、10年予算は販売収入957億円、広告収入500億円と、ともに09年の実績比で横ばい。しかし、09年の途中で2度も広告収入の下方修正を迫られた苦い経験から、喜多社長は10年の予算は販売、広告ともに「必達目標」とハッパをかける。

特に広告部門については「500億円を下回ったら、この会社の黒字化は不可能」と厳命した。が、これをクリアしても、営業利益の想定はわずか5千万円。税引き前利益も1億6500万円と「カスカスの黒字予算」(喜多社長)だ。

こうした縮小均衡を打開するのが、3月創刊の電子版だ。既存の無料ネットサイト「NIKKEI NET」を「日経電子版」に衣替えし、日経本紙の記事はもちろん、紙にはない情報、機能を付加する。最新ニュースや解説記事が24時間、パソコンや携帯電話で読めるうえ、日経BP、QUICKなど日経グループの専門情報や海外有力紙のコラムも提供。記事や専門用語、人事情報の検索、記事の保存などもできる。購読料は電子版単独で月4千円、紙の新聞(約4300円)と併読の場合はプラス1千円と決まった。「高望みはせず、まず足場をしっかり固めたい」(喜多社長)。紙を守りながら、電子をじっくり伸ばす二正面作戦だ。

とはいえ、紙の新聞の成長が止まった今、デジタル事業の育成は急務。現在は日経テレコン21、QUICKを主力に連結ベースで約700億円の売り上げ規模だが、これを電子版の創刊で12年までに1千億円の大台に乗せる計画だ。増収見込みの300億円は電子版の購読料だけでなく、読者一人ひとりの属性や好みを把握できる電子版の強みを生かした新しい広告の開発を急ぎ、ネット広告の単価を引き上げる作戦だ。

日経電子版で構築した課金システムなどは、オープンプラットフォームとして、地方紙・ブロック紙に低廉なコストで提供することも視野に入れている。日経テレコンが新聞界の記事検索のプラットフォームになったのと同様に、「地方紙・ブロック紙との共存モデル」の構築を狙っているようだ。

この延長線上に想定しているのが、喜多社長が唱える「汽水域」事業だ。聞きなれない言葉だが、紙や電子の新聞事業など中立性が高い言論・報道の「真水領域」、ヤフーや楽天、アマゾンなどが展開する営利性の一般デジタル関連事業を「海水領域」と定義し、真水と海水の中間に位置する「汽水域」を成長ゾーンと捉え、グループ一丸となって攻めようとしている。具体的には「日経TEST」のような教育、「価格.com」のような価格情報、人材開発などの分野で、言論・報道との親和性が比較的高い事業に限って進出するという。

電子版は単なる紙の代替商品ではない。対象を絞り込んだ新しい広告手法、地方紙・ブロック紙の囲い込み、デジタル「汽水域」事業など、デジタル技術を駆使して新聞業界のデファクトスタンダードを狙っているのだ。「この5年が正念場。15年ごろには新聞界の生き残りは勝負がつく」と喜多社長はみている。

   

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