「ガバメント・サックス」と皮肉られる圧倒的な政治力。これではどこも勝ち目がない。
2009年12月号 BUSINESS
サブプライム問題はアメリカの金融システムをずたずたにした。特に、ハイリスクの商売を中心に据えていた投資銀行は、市場環境の急激な悪化で軒並み大打撃を被った。リーマン・ブラザーズが破綻し、メリルリンチがバンク・オブ・アメリカに救済された。モルガン・スタンレー(モルスタ)は今年第3四半期にようやく黒字に転換したが、苦戦が続いている。
そんななか、唯一、急回復を遂げたのがゴールドマン・サックス(GS)である。昨年暮れに上場以来初の赤字に転落したが今年4~6月期には過去最高益を計上。7~9月期は前年の3.8倍となる31億9千万ドル(2870億円)もの利益を稼ぎ出した。10月以降もこのペースでいくと仮定すると、今年は一昨年に記録した最高益に匹敵する利益を計上しそうな勢いだ。同社の31700人の従業員は年間1人平均70万ドル(6300万円)のボーナスを手にする計算になる。なぜGSだけが好調を維持できるのか?
GSとモルスタは2008年に商業銀行に転換した。しかし、GSの実態は、商業銀行とはほど遠い。レバレッジをきかせて自己勘定の投資で大胆に利益を狙いにいくそのスタイルはヘッジファンドそのものと言ってよい。現在、GSは収入の大半をトレーディングから得ており、M&Aや証券引き受けなどの投資銀行業務のウエートは低下する一方だ。
「相場に勝ち続けることはできない」という格言があるが、GSはほぼ連戦連勝に近い。これには二つ理由がある。一つは「ゴールドマン・サックス」という名前の持つ威力。GSの動きは市場関係者が注視しており、相場に影響を与える。GSが大きく買いに入ると、自然と相場が上昇する、ということになりやすい。
もう一つはここ1、2年で急激に増えてきたHigh Frequency Trad-ing(高頻度トレード)。スーパーコンピューターとアルゴリズムによって市場のトレンドをいち早く察知し、他の参加者を出し抜くという手法だ。例えば従来型の投資家が特定の銘柄を分割して買っていこうとすると、高頻度トレーダーのスパコン(1秒に数百万回の取引が可能)が即座にそれを察知し、裏をかいて儲ける。今やニューヨーク証券取引所ではGSなど数社の高頻度トレーダーによる取引が総取引高の過半を占めるまでになった。こうなると市場での売買はシステムと人間の頭脳との勝負になり、中小の投資家の立場は苦しくなる一方だ。
ゴールドマン・サックス(GS)をガバメント・サックス(GS)と揶揄する向きがある。あるいは、アメリカの司法・立法・行政のうち、行政はGSに完全に牛耳られている、とも言われる。確かにGSの政府への食い込みはハンパではない。その中心にいるのが今年初頭まで財務長官として権勢を振るったヘンリー・ポールソン元会長兼CEOだ。財務省のキーポジションはポールソンの息のかかったGS出身者で占められ、政策に大きな影響力を与えている。
サブプライム以降の米政府の金融行政を見ていくと、すべてはポールソンの書いた筋書きどおりに進んだように思える。まず、リーマン・ブラザーズの破綻。これによりマーケットは大きく混乱したが、GSにとっては「手ごわい競争相手の1社が消える」のはむしろ好ましい展開だった。続いて大手保険会社AIGの救済。AIGはGSをはじめ多くの金融機関のサブプライム関連リスクの保険を請け負っており、ポールソンは救済に奔走した。ちなみに当時のAIGのCEOエド・リディもGS出身だった。
GSには米政府から少なくとも636億ドル(5兆7200億円)の資金が拠出された。内訳は、すでに返済済みのTARP(不良債権救済プログラム)による100億ドル(9千億円)、AIGが救済されたことで受け取った保険金129億ドル(1兆1600億円)、FDIC(連邦預金保険公社)の暫定流動性保証プログラムによる350億ドル(3兆1500億円)のうち使用分300億ドル(2兆7千億円)程度、それに連銀のCPファンディング・ファシリティが110億ドル(9900億円)だ。
GSが米国民の怒りを買っている最大の理由はここにある。企業がどんなにカネを儲けようとも、純粋に競争を勝ち抜いた結果であれば、アメリカでは称賛されこそすれ問題視されることはない。しかし、GSは政府の支援を得られる立場にあり、常に大きくリスクをとって勝負することが可能だ。うまくいけばとんでもない利益を手にするが、万が一失敗しても政府が尻拭いしてくれる。逆説的だが、これこそ最強のビジネスモデルと言えるのではないだろうか。
GSのOB人脈は民間金融セクターにも広がる。GSの副会長だったロバート・ルービンはクリントン政権の財務長官を経てシティバンクで会長等を歴任した。メリルリンチ最後のCEOとなったジョーン・セインはGS社長を経て07年までニューヨーク証券取引所のCEOを務めた。GSの副会長、財務次官を歴任したロバート・スティールは現在、大手行ワコビア(ウェルズ・ファーゴが買収)のCEOだ。政府と民間を自由に行き来して権力とカネの両方を手にする彼らはGSマンの真骨頂といえるだろう。
さらに挙げればカナダとイタリアの中央銀行総裁、英BBC社長、12年ロンドン五輪準備の総責任者、世界銀行総裁、オーストラリアの労働党党首、イタリア前首相……もすべてGS出身者だ。ここまでくるとお見事としか言いようがない。
GSもサブプライムローンで大きなダメージを受けたが、その後急激に挽回した。その裏には二人のトレーダーの「読み」があった。マイケル・スウェンソンとジョシュ・ビムバウムは住宅ローン市場が崩壊すると予想し、ショートポジション(売り持ち)を膨らませたのだ。これにより、2人が属していたストラクチャード・ファイナンス(証券化)部門は40億ドル(3600億円)もの儲けを得たと言われる。
このことから「さすがGSのリスク管理は優れている」と思うのは早計だろう。彼らは、顧客に販売している証券を自らは空売りして利益を得ていたのだ。これは重大な利益相反ではないだろうか。社内で情報が遮断されていたため問題はない、というのがGSの説明だが、情報が遮断されていれば道義的責任は全くないと言えるのか。ここに対顧客ビジネスと自己勘定ビジネスの両方を行う投資銀行というビジネスモデルに内在する根源的矛盾が露呈している。
GSの一人勝ちに対し、米政府も手を拱いているわけではなく、ボーナスの上限設定やデリバティブの規制強化に動き出している。しかし、この牙城を崩すのは容易なことではないだろう。GSの天下はしばらく続きそうだ。