侮れぬ中国「OPhone」の深謀

見た目は「野暮ったいiPhone」だが、猿真似ではない。垂直統合で次世代覇権めざす。

2009年12月号 BUSINESS

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また得意のパクリかよ――思わずそう言いたくなる。中国で約5億人のユーザー数を誇る世界最大の携帯電話会社、中国移動通信集団(チャイナモバイル)のスマートフォン「OPhone」(オーフォン)のことである。正式発表されたのは8月31日だが、端末がべールを脱いだ5月にその外見を一瞥した人は、日本ではソフトバンクが扱うアップルの売れ筋「iPhone」(アイフォーン)にそっくり、と思ったろう。

が、全容が明らかになるにつれ、猿真似と一笑に付せなくなってきた。次世代携帯電話の覇権を握ろうと、中国政府が国策レベルで仕掛けるスマートフォン端末とその開発環境の総称が「OPhone」なのだ。

日本の端末メーカーの中堅幹部は「チャイナモバイルは、OPhoneでNTTドコモのiモードのような垂直統合モデルを確立しようとしている」と分析する。ドコモのようなガラパゴスに閉じ込められた垂直統合ではなく、世界中の携帯ビジネスを巻き込む壮大な垂直統合だ。もちろん利するのは中国である。

iPhoneの半値以下

OPhoneの基本ソフト(OS)は、グーグルがオープンソースとして公開している携帯向けOS「アンドロイド」を、ソフト設計の博思通信(BORQS)と共同で改造したもの。改造版とはいえ、独自のミドルウェアの追加やアプリ(応用ソフト)のフレームワーク層の書き換えなどで、「数百億円規模の開発費用と膨大な人員を投じている」(端末メーカー技術幹部)。チャイナモバイルの本気度がうかがえる。

百聞は一見に如かず。中国からOPhone端末を取り寄せて、触ってみた。「野暮ったいiPhone」という感じで、洗練度は今ひとつだが、使用感はベースとなったアンドロイド端末と遜色なく、完成度は低くない。進化が楽しみでもある。

OPhoneの「O」は「オープン」の意味だろう。確かにチャイナモバイルが組織したOPhoneアライアンスに加盟すれば、メーカーは自由に端末を開発し販売することができる。現にレノボ(聯想集団)、デル、フィリップス、サムスン、LG、台湾の宏達国際電子(HTC、中国ブランドはDopod)の各社が端末の販売を開始した。

ただし「オープン」とは言うものの、リナックスのようなインターネット的思想に基づく開放的なコミュニティーとは異なる。OSの根幹を握るのは中国の国策企業、チャイナモバイルであることを忘れてはならない。ドコモが「iモードはオープンです」と言いながら、端末仕様の押しつけや販売奨励金モデルでメーカーを支配してきた構図が脳裏にちらつく。中国ではかつての日本と同じく「3G(第3世代)携帯を普及させるための販売奨励金モデルが始まっている」(総務省幹部)点も付け加えておこう。

他の携帯事業者も負けてはいない。中国聯合通信集団(チャイナユニコム)がアップルのiPhoneを投入、中国電信集団(チャイナテレコム)は、バラク・オバマ米大統領も愛用していた「ブラックベリー」の販売を交渉中だ。しかし国産規格のOphoneは「販売価格1千元(約1万3300円)をめざす」(王建宙チャイナモバイル総裁)。輸入品の半額以下だけに本命だろう。

携帯ビジネスで垂直統合モデルを構築するには、下から上に「端末層」「インフラ(ネットワーク)層」「クラウド(アプリ)層」と大きく三つのレイヤーを支配下に収める必要があるが、中国が端末層を押さえるべく送り出した先兵こそ、このOPhoneと言えるのだ。

中国はインフラ(ネットワーク)層でも着々と布石を打ち始めた。OPhone端末は、中国が独自に実用化を進める3G携帯規格TD-SCDMAを搭載する(現状はGSM端末もある)。世界標準のW-CDMA規格に時分割復信(TDD)方式を加えたTD-SCDMAは、上りと下りを時分割で細かく切り替えながら通信することで周波数を有効に利用できる。

実は中国は次世代(3.9G)規格の最有力候補LTEでも、世界の潮流に逆らってTD-LTE(時分割方式のLTE)の開発を進めている。日米欧が導入予定のFD-LTEは、上りと下りを周波数で分ける周波数分割復信(FDD)方式なので、ガードバンドを設ける必要があるなどTDD方式に比べ周波数の利用効率が劣る。

3G規格では中国独自のTD-SCDMAに執着して世界から孤立した格好だが、「TD-LTEの普及に向けた布石であり、今後確実にLTEに向かう世界の携帯インフラをTDD方式で制覇する野望が見え隠れする」(端末ベンダー幹部)という。TD-LTEは、中国が知的財産権を持ち、国際電気通信連合の第4世代(4G)の標準規格候補にも選ばれている。

あらゆる機器が無線でネットワークに接続する将来、周波数不足が深刻な問題になったとき、周波数利用効率の高いTDD方式に分がある。とりわけ、日本や欧米より遅れて3GからLTEへ進化していくインドなどのアジアの巨大市場に狙いを定めていることは間違いない。

クラウド層でも台頭めざす

実は、TDD方式の将来性を再認識させられるエピソードが日本にもある。本誌がつかんだ情報によると、私的整理の一つである事業再生ADR(裁判外紛争解決)手続き中のPHS事業会社、ウィルコムに対し、筆頭株主の米系ファンド、カーライルの背後で別の大手ファンドが出資を検討しているという(12~13ページ参照)。ウィルコムが認可されている周波数帯のほかに、PHSやXGP(次世代PHS)が通信にTDD方式を採用している点に目をつけたのだ。TDD方式はコストのかかる基地局設計が不要で、ブロードバンド通信に適した基地局のマイクロセル化が容易なのだ。このファンドと中国の関係は不明だが、次世代PHSを生き残らせたい総務省も絡み、今年になって「チャイナモバイルにウィルコムを買わせる話があった」(業界関係者)。中国側から色よい返事を得ていないが、TDD方式を国策とする中国をにらんだ動きであることは間違いない。

中国はクラウド(アプリ)層でも、世界を見据えている。チャイナモバイルは、多様な端末・OSに対応するアプリの実行環境や、認証・課金プラットフォームの開発をめざして、ボーダフォンやソフトバンク、ベライゾンと合弁会社「ジョイント・イノベーション・ラボ」(JIL)を設立した。OPhoneもその一翼を担うことになる。JILが本格稼働すれば、中国人クリエーターが膨大な数のアプリやコンテンツを世界に発信するだろう。

「玉石混淆であっても、タイトル数で圧倒し、裾野が広がることで市場全体が活性化され、ユーザーにも魅力的なサービスとなる」(大手シンクタンクのアナリスト)

クラウド層でも中国パワーが台頭する時代に、日本勢はOPhone端末アライアンスに不参加だ。ガラパゴスの殻に閉じこもる内弁慶ニッポンが、OPhoneを「似非」と見くびっていると、とんだしっぺ返しを食いそうだ。

   

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