2009年12月号
GLOBAL
by ゴードン・トーマス(インテリジェンス・ジャーナリスト)
ニューヨークで開かれた記者会見で答えるイランのアフマディネジャド大統領(9月25日)
AP Images
臆面もない反イスラエル言動で顰蹙を買うことの多いイランのマフムード・アフマディネジャド大統領が、実はユダヤ人一族の出身だった――という英対外諜報機関MI6の調査が西側外交界に波紋を広げている。
79年のホメイニ革命時、テヘランの米大使館占拠事件に大学生として参加した彼は、テヘラン市長を経て05年保守派の支持で大統領に当選。今年6月には大々的な選挙不正の抗議デモを受けながら再選を遂げた。1期目から「イスラエル国家を地球上から抹消すべきだ」と訴え続け、最近も9月にテヘラン大学で行った演説で「ナチス・ドイツによるホロコースト(ユダヤ人虐殺)は、シオニスト体制(イスラエル国家)をつくるための口実だ」と発言して波紋を広げている。それだけに、大統領がユダヤ人だったと判明したことに、イラン側も慌てている模様だ。
MI6によれば、この事実が明るみに出てから、革命防衛隊が諜報員をアフマディネジャドの出身地である北部セムナーン州のアラダン村に派遣。大統領の家族はこれまでの住所から国内の別の場所に引っ越したという(新居の住所は不明)。
今夏、メフディー・ハザリーというテヘラン在住のブロガーが、ブログで大統領の出自について調査をすべきだと訴えたが、直ちに革命防衛隊に逮捕されている。
MI6に所属するペルシャ語学者によれば、アフマディネジャドのように「イネジャド」で終わる姓は、ユダヤ教から改宗した一族を示すという。真偽の確認を求められた駐英イラン大使館のスポークスマンは、「そのようなことは話題にもあがっていない」という返答だった。
MI6によると、アフマディネジャドの一族は500年前から続くユダヤ人の末裔で、その祖先はさらに遠く2600年前までさかのぼり、「バビロン捕囚」のユダヤ人を解放した紀元前593年にペルシャに移り住んだという。
彼の両親は、かつてアラダン村にあるシナゴーグ(ユダヤ教の礼拝堂)に礼拝に通っていた。当時、一家は「服職人」を意味するユダヤの姓「サボージアン」と名乗っていたとされ、MI6もイラン内務省が保管するイラン系ユダヤ人のリストから「サボージアン」に関わる記述を見つけているが、アラダン村のシナゴーグの記録からは抹消されていた。
大統領自身は、53年前の1956年にアラダン村にあった小さな家の2階で生まれ、マフムードと名づけられた。この家は1階が服の縫製場になっており、子供のころの彼はこの家で家族からユダヤ教の教義を学んだ。一家はユダヤ教徒の安息日サバトになると、「ハラー」と呼ばれる三つ編み状のパンを焼いて食べ、ユダヤ教の祭日もすべて祝っており、マフムード少年も4歳になるまでユダヤ人の友に囲まれて育ち、彼らと同じく割礼を受けている。
イランはイスラエルを除く中東諸国の中では最大のユダヤ人人口(約2万人)を抱えているが、ユダヤ人に対する差別はさほど強くない。マフムード青年は革命後の80年代から首都テヘランに定住し、そのころから「アフマディネジャド」を名乗るようになったという。そして敢えてユダヤ人共同体から遠ざかった。
ロンドンのアラブ・イラン研究センターのアリ・ヌリザデは「アフマディネジャドの過去の経歴をみれば、どんな人物かよくわかる。改宗を経験した家族は、たいてい改宗前に信仰していた教義に批判的になる。彼の強烈な反イスラエル、反ユダヤの言動は、ユダヤ教から足を洗い、その出自を消したいという思いが働いているのだろう。しかしそうであれば、厳格なシーア派過激主義者の前では立場が弱いはずだ」と分析する。また、一部の諜報機関アナリストは、大統領がウラン濃縮計画の推進にこだわり、核兵器開発を諦めない裏には、祖先を隠すという動機があると指摘している。=敬称略