火を噴いた「神戸空港廃港」論

日航が来年5月末までに全面撤退。関西経済同友会の山中諄代表幹事の爆弾発言で大揺れ。

2009年12月号 BUSINESS

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前原誠司国土交通相が10月12日、唐突に羽田空港(東京国際空港)のハブ化を目指すと宣言した。宙に浮いたのが関西国際空港、伊丹空港(大阪国際空港)、神戸空港のいわゆる「関西3空港」だ。3空港で計5本の滑走路があり、過剰感が否めないところに、便利な羽田のハブ化が実現すれば利用低迷に苦しむ関空は間違いなく沈没する。関空運営会社の第2位株主である大阪府の橋下徹知事は過剰感の解消策として「伊丹は廃港」と広言し、大阪府と兵庫県にまたがって立地する伊丹を地域活性化の拠点として重視している兵庫県の井戸敏三知事は「伊丹廃港はナンセンス」と猛反発する事態となった。

さらに、関西財界のツートップである下妻博関西経済連合会会長(住友金属工業会長)と野村明雄大阪商工会議所会頭(大阪ガス相談役)は「伊丹をなくしても新幹線に利用客が流れるだけで、関空活性化には寄与しない」と、井戸知事と足並みを揃え、伊丹存続を求めた。

すると橋下知事は伊丹にとどめを刺すべく、2035年に伊丹空港を廃止し、跡地を再開発して「日本の新都心」にする構想をぶち上げた。首都のバックアップ機能を持つエリアとし、伊丹空港跡地の売却益で大阪市中心部と関空をリニア鉄道で結ぶという壮大な構想だ。何がなんでも伊丹をなくしてしまおうという橋下知事と、使い続けたいと考える井戸知事・関西財界連合の溝は深まるばかり。羽田ハブ化宣言を引き金に、関西の政財界を二分する大騒動が始まった。

「神戸市が勝手に造った空港」

「時の氏神」として名乗りを上げたのが関西経済同友会の山中諄代表幹事(南海電気鉄道会長)。10月22日の記者会見で「関西に三つの空港は必要ない。関空をハブ空港、伊丹を地方空港とし、神戸は廃止するのがよい」と爆弾発言。神戸については「廃止したうえで国の補完機能として利用すべきだ」と述べ、災害時などのバックアップ機能として活用するよう提言した。

関西3空港の過剰感は関西の経済規模の縮小が続いているにもかかわらず滑走路が5本もあることに起因する。関空と伊丹はそれぞれ2本の滑走路を持つ。神戸の1本を間引けば余分な滑走路を抱えているというイメージは払拭できる。山中代表幹事は、関空と大阪市内を結ぶ特急「ラピート」を運行する南海電鉄の会長であるため生臭さが漂うが、言っていることは正論。何しろ神戸は関空よりもさらに環境が厳しい。

神戸空港は06年2月に神戸港沖の埋め立て地で開港した市営の地方空港で、全日空や日本航空、スカイマークなど5社が5路線22便を運航している。08年度の利用者数は約258万人で前年度比約13%減、着陸料収入も初年度を除いて見通しを下回り続けている。そこへ経営再建中の日航は来年5月末までに神戸から全面撤退すると発表。日航の神戸発着便は羽田、那覇、新千歳、石垣とを結ぶ4路線で、08年度の利用客は計約105万人と全体の40%。その着陸料は全着陸料(約7億円)の35%に当たる約2億5千万円を占める。日航が全面撤退すると、神戸空港の管理収支は10年度のうちに赤字になるとの試算もあるほどだ。

井戸知事は山中代表幹事の神戸廃港論に対して「人の足を引っ張れば自分の利益になるという発想はいかがなものか。関空だけでなく、関西全体の旅客数をどうするかを議論すべきだ」と批判してみせたが、伊丹廃止への反対に比べると腰が引けている。「神戸市が勝手に造った空港」という思いが心の奥底にあるからだ。お膝元である神戸商工会議所の中西均専務理事は「関西経済界は関空、大阪(伊丹)と合わせ、3空港での効率運用を目指してきた。その経緯を踏まえて議論していただきたい」と反発するが、迫力に欠ける。

10月25日の神戸市長選で3選を果たした矢田立郎市長は夏の衆院選で大勝した民主党の単独推薦で勢いに乗るかと見られていたが、蓋を開ければウェブ制作会社の顧問を務める無所属の新人候補、樫野孝人氏に約7800票差に詰め寄られる辛勝だった。背景には神戸空港建設に代表されるは箱モノ行政への批判がある。矢田市長は選挙期間中の朝日新聞のアンケートに答え、空港経営で赤字が生じた場合の市税投入を否定した。だが、その舌の根も乾かぬうちに神戸市は、10年度に償還する空港島造成費の借金650億円のうちの395億円分を、新たに発行する市債で賄う方針であることを明らかにした。

難敵、田中康夫も登場

空港島造成費の借金返済は、造成した土地約83ヘクタールの売却収入で手当てするはずだったが思うように売れなかった。08年度末までに分譲が完了したのはわずか3ヘクタール(45億円分)。必要額には遠く及ばず、返済は10~20年遅れ、金利負担も増える見込みだ。今年度に返済期限が来る265億円の不足分は、ポートアイランド2期地区など他の造成事業の返済に備えて貯めていた資金で埋めるのがやっとだ。

原口忠次郎氏や宮崎辰雄氏が市長だった時代、神戸市は「山、海へ行く」と喧伝されたポートアイランドの埋め立てに乗り出し、1981年に博覧会「ポートピア’81」を開催した。造成した土地の売却で事業費を賄う手法は「神戸市株式会社」と持て囃されたが、バブル経済崩壊後も経済情勢の変化に対応せず、同じ手法に固執したところに驕りと落とし穴があった。神戸空港隣接地では次世代スーパーコンピューター用のビル建設工事が進むが、ハードの開発を請け負った3社のうち、NECと日立製作所が離脱した。現在は、富士通単独で計画を継続しているが、開発が難航しているとの情報がスーパーコンピューター業界には流れている。高性能のスーパーコンピューターを核にハイテク企業を誘致する目論見が崩れかけているのだ。

神戸空港のターミナルビル建設工事に際しても胡散臭い話がある。コンペで神戸製鋼所の提案が採用され、落札価格は約39億6千万円。神鋼が元請けとなり、竹中工務店、新井組、イチケン、湊建設工業(神戸市)の4社JVが施工した。計画では鉄骨3階建てだったが、その後、設計変更で屋上の一部に4階を増設し、工事金額が当初予定の4割増の56億円に膨らんだ。「当初、神鋼幹部は大変な赤字工事と嘆いていたが4階の増設で黒字になったらしい」(地元関係者)。それ以上に設計変更の理由に驚く。隣接するポートライナー空港駅のせいで見晴らしが悪化。市議会からの「夜景の眺望が悪い」との要求が出たため、一部を4階建てに変更したのだという。

「ターミナルの屋上増設が突然浮上するとは考えにくい」(前出の関係者)。赤字覚悟の安値で受注しておき、後で設計変更して工事費を膨らまし黒字化するのは建設業界の悪しき慣行との指摘もある。真相は藪の中だが、これでは神戸市民の理解も得られまい。

神戸空港にとってさらなる難敵は、国土交通相や公明党幹事長を務め、先の衆院選で8選を目指した地元選出の冬柴鉄三氏を破った新党日本の田中康夫衆院議員の存在である。阪神・淡路大震災後、ボランティアとして被災地に入り、神戸空港建設の反対運動を展開した人物だ。結局、神戸空港は造られてしまったが、そのリベンジを果たせる権力の座に就き、メディアへの発信力には定評がある。いったい何を仕掛けてくるのか、神戸市も戦々恐々だろう。

前原国交相、関西同友会の山中代表幹事、日航の撤退、ターミナルビルの醜聞、次世代スーパーコンピューターの苦闘、田中康夫衆院議員の登場と、包囲網が狭まる神戸空港に廃港論が噴出しそうだ。

   

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