2009年10月号 POLITICS [ポリティクス・インサイド]
大阪府庁舎の大阪ワールドトレードセンタービルディング(WTC)への移転案を、橋下徹府知事が9月25日から始まる議会に再び提出しようとしている。WTCへの移転は、今年3月の府議会で否決され、知事も諦めたはずだった。そのためWTCは大阪地裁に会社更生法の適用を申請し、負債総額643億円を抱え倒産した。
ところが、今年7月に管財人が大阪府と市に対して「WTCのある咲洲地区は公益性が強いので買い取りは公共団体を優先させたい」との申し入れを行った。当初、管財人は入札で投資ファンドなどに売却するつもりだったが、予定価格を上回る金額を提示する民間企業がなかったため、府、市に泣きついた格好だ。平松邦夫大阪市長が「再挑戦してほしい。市も協力する」と橋下知事に持ちかけ火がついた。
今回の移転案では、鑑定価格が前回の99.1億円から81.6億円に引き下げられ、橋下知事は「お買い得になった」と喜んでいるようだ。しかし、この値下げ以外には、市が周辺地の開発を積極的に行うという口約束をした程度で目新しさはない。耐震性に問題がある現庁舎の建て替えは財政難のため困難で、WTCに移転したほうが安上がりと、知事は主張しているが、文字通り移転ありきの提案になっている。実際、埋め立て地に建つWTCの脆弱性については一切触れられないままだ。
しかも、今回は府議会との全面対決も辞さない構えだ。知事は、府議会が再否決した場合、出直し知事選を行うことも「選択肢として否定しない」と発言。任期を2年あまり残して単独の知事選を行えば、20億円もの選挙費用がかかる。財政難の大阪府は人件費を削り、賃料を見直し、爪に火をともすリストラを展開している。知事は「(建て替え費用に比べ)WTC移転で浮く費用を考えれば20億円は安い」と言うが、あまりの暴論に府議会は「徹底抗戦や!! 議会をバカにしている!」と猛反発している。
ある与党府議は、「買い取り価格が半額になるとか、埋め立て地の液状化問題を市が調査し、耐震補強の責任を持つなどの改善点がなければ絶対に受け入れられない」と撤回を求める。 前回、反対に回った公明、共産両党はさらに強硬だ。公明党関係者は「(橋下知事の)乱心でしょう」と吐き捨てる。共産党も「民意を知らない」と呆れ顔だ。ある府議は「移転利権の裏で暗躍した建設関係者と知事の関係を勘繰らざるを得ない」とこき下ろす。
大阪府幹部も「民間が値切るようなしょうもない大阪市の不良債権を買い取ること自体が問題。市こそが責任をとってWTCに移転し、中之島の大阪市役所に府が移転すればよい。府にはその権利がある」とまくし立てる。実は、市役所や府立中之島図書館などの敷地は、もともと大阪府の敷地だとして、府は所有権をめぐる和解斡旋を申し立てていた。府の所有地と認められれば莫大な地代を得ることができるはずだ。ところが、橋下知事は突然、この申し立てを取り下げた。WTC移転や市との水道事業統合に影響しかねないと矛を収めたのだ。筋論にこだわる知事らしくない話だ。
そもそも自民党の古賀誠選対委員長(当時)のはからいで知事選に出馬した橋下氏。「民主党の応援マイクは握れない」と発言する一方で、選挙前に民主党のマニフェストを評価したことで、自民、公明両党から「大敗の引き金になった」と非難されている。19選挙区で1議席しか獲得できなかった自民党大阪府連の中山太郎・前会長は「知事選で推したのに、我が候補者と一緒のポスターを一枚も撮らせなかった」と腹の虫が収まらない。
公明党大阪府本部も北側一雄幹事長(当時)を含む4小選挙区全敗のショックを隠せない。9月27日、堺市で政令指定都市となって初の市長選が行われるが、橋下知事は3選を目指す現職の対抗馬となる新人の元府職員(前政策企画部長)を公然と応援している。現職を(事実上)推薦する自民、公明、民主は猛反発しており、ある地元議員は「知事の推す新人が負けたら、その政治力も落ちる。何が何でも現職を勝たせる」と力が入る。
中央政界から相手にされなくなった橋下知事の起死回生のシナリオは、各党に「抵抗勢力」のレッテルを貼り、トリッキーな出直し知事選を仕掛け、全国の注目を浴びる中で圧勝し、民意をバックに府庁舎移転を強行する……。しかし、仮に出直し知事選に勝利したとしても、府庁舎移転に必要な3分の2の賛成を集めるのは至難の業だ。あるベテラン府議は「出直し知事選の恫喝に屈せず粛々と否決するだけだ。府議会は『橋下劇場』の視聴率を上げる道具ではない。府政そっちのけで人気取りに走る橋下さんの化けの皮は剥がれている」とにべもない。