改革派市長に大量の電報やFAXで嫌がらせ。「自治労不要論」が飛び出すのも無理はない。
2009年5月号 LIFE
小野市役所前での自治労の抗議集会
地方公務員が加入する労働組合を束ねた全日本自治団体労働組合(自治労)が、地方政治の世界では知る人ぞ知る改革派市長に牙をむいている。発端は2008年10月に、日本経済新聞社が発行している「日経グローカル」誌に掲載された4ページほどのインタビュー記事だった。
そこで取り上げられた兵庫県小野市の蓬莱務市長は、10年前に市長に就任して以来、顧客満足度志向や成果主義といった民間企業の手法を次々と役所に導入。職員に意識改革を迫り、入札改革や情報公開を断行した。コストを抑えてサービス水準を高めることに尽力した。いち早く職員に対する不透明な手当や職員互助会への公費支出を廃止。子供の医療費を無料化するなど、全国に先鞭をつけた改革も少なくない。
問題は、蓬莱市長が改革の「成果」をひとしきり披露した後、「私は自治労を解体すべきだと思っている。小野市の組合(幹部)には『自治労から脱退しろ』と言っている」などと述べたことにある。悪平等がまかり通り、成果と報酬が連動しない役所の元凶を、自治労だと考えたのかもしれない。
これに対し自治労は、兵庫県本部の幹部が小野市役所に乗り込み、抗議文書を手渡した。「日本国憲法が保障する結社の自由を否定し、労働者の団結の権利を侵害するものである」「職員団体の活動への不当介入である」などと主張し、市長に謝罪を求めた。
ここまでなら、ありがちな話ではある。改革派市長がちょっと口をすべらせ、コケにされた自治労がかみつくという構図だ。だが、自治労はこの後、異常な行動に走る。蓬莱市長は「結社の自由を否定する気持ちはない」などと文書で回答したにもかかわらず、「謝罪がない」として納得しなかった。再度応対した小野市の職員が「市長は謝罪する気はない」旨伝えると、「ああそうか。わかった。全国規模で行動を展開するだけや」などと捨てぜりふを吐いて、執拗な攻撃を開始したのだ。
1月から2月にかけ、傘下の職員組合を動員し、「即刻、謝罪と責任を明らかにせよ」などと書かれた電報とファクシミリ(FAX)を大量に小野市役所へ送りつけてきた。その数、なんと電報が245通、FAXは75通にのぼる。
さらに3月24日には、小野市役所の前で抗議集会を開き市長を誹謗中傷するビラを配ってまわった。小野市の職員組合が「(小野市では)労使対等の立場をお互いに確認しており、賃金カットなどの不当な勤務条件などの措置は受けておりません」としたうえで、「今回の抗議行動は、絶対に避けてくださいますよう、強くお願い申し上げます」と中止を要請するFAXを自治労と県内の市町村の職員組合に送っていたにもかかわらずだ。
小野市の組合が自治労に市長の横暴を訴えたのならともかく、その逆だった。小野市の組合は「市長とうまくやっているからやめてくれ」と言っているのに、メンツにこだわる自治労は聞く耳を持たなかった。自治労の幹部は「小野市の現状は市長の独裁体制。市の職員は市長に逆らえない。市側の圧力があったのでは」と勝手な解釈をする始末だ。それどころか、自治労側は市職員組合が中止を要請したことに怒り、市職員組合の委員長を呼びつけ、1時間も立たせたまま吊るし上げたという。
小野市の蓬莱務市長
抗議集会をめぐっては、前日の23日にもひと悶着あった。市の施設の会議室を使えないことに怒った自治労の幹部が、約10時間にわたり小野市役所で副市長らを相手に騒ぎ立てたという。自治労側は「予約していたのに突然キャンセルされた」と主張するが、事実は少し異なる。
会議室を予約していたのは自治労ではなく小野市の組合だった。自治労にかかわることを嫌った職員組合が仮予約をキャンセル。その後、施設の指定管理者になっている財団法人が設備点検を実施することにし、自治労の使用申し込みを断った。これが自治労側には「(市長が)圧力をかけ妨害している」と映った。
自治労側が当初2千人規模で計画していた3月24日の抗議集会には結局、70~80人しか集まらなかった。しかも、平日の昼間に市内でビラをまいて歩いたため、少なからぬ市民に怪しまれた。なかには「何のビラをまいとるんや、この不景気に。あんたら公務員か」と追及され、「とっとと帰ってもっと仕事せい」と罵倒される始末だ。市民の冷たい視線を感じたためか、4月6日に自治労が2度目の集会を開いた際は当初、2人しか集まらなかった。最終的には30人程度になったものの意気は上がらなかったようだ。
自治労の行動を、上部団体である日本労働組合総連合会(連合)は冷ややかに見ている。連合関係者の中には「税金で飯を食っていながら、研修と称して海外旅行に行ったり、ベンツなど高級車を乗り回したりしている」と苦言を呈する人もいる。今回の「騒動」でも、連合兵庫が蓬莱市長と自治労幹部の仲裁に乗り出そうとしたが、自治労サイドが強硬姿勢を崩さないため実現していない。「自治労は30年以上前の役所を糾弾していた頃の体質を引きずっている。市長に謝罪させれば、自分たちの力を誇示できると考えているのだろう」。こうした認識を持っているのは蓬莱市長だけではない。必要な改革を妨害する「抵抗勢力」ぶりは、既得権を守るためにいかんなく発揮されている。自治体の財政難や住民サービスなど二の次となる。
例えば小野市が廃止した互助会への公費支出。職員の福利厚生などに使われる実質的な賃金で、大阪府など多くの自治体で問題になり年々減ってはいる。それでも平成20年度に全国で227億円もの税金が、つぎ込まれていた。兵庫県では小野市以外のすべての自治体が互助会への公費支出を続けている。さらに、職員個人への現金給付でも、多くの自治体がレクリエーション補助や人間ドック補助などを支給している。結婚祝い金や出産祝い金を含めて全廃したのは、やはり兵庫県では小野市だけだ。
こうした改革にもかかわらず小野市の職員組合と市長の協調関係が保たれているのは、他の自治体で実施しているような給与カットは一切していないことによる。頑張った職員のボーナスを増やすことで、職員の士気向上にもつなげている。もちろん、自治労からすれば、自らの弱体化に直結するから苦々しく思っていたのは間違いない。
自治労の時代錯誤な抗議行動に、市職員組合は「公務員バッシングの絶好の機会を与えてしまうのではないか」と危惧している。税金から支払われた職員給与の「上納金」で嫌がらせの電報やFAXを送りつけ、仕事を休んで抗議集会に参加している公務員を、住民は果たしてどう見るか。住民から「自治労不要論」が噴出するのは時間の問題かもしれない。