マドフ4兆円詐欺とユダヤ人脈

空前のネズミ講。荒唐無稽なのにSECは手を出さず、「ユダヤ系名士」の後光で野放し。

2009年3月号 BUSINESS

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ニューヨークの野次馬にお奨めの観光スポットが登場した。「133イースト」。セントラルパークから東へ徒歩5分。64丁目通りとレキシントン通りの交差点に、瀟洒な11階建てマンション「133イースト」が立っている。これぞ、被害総額が空前の500億ドル(4兆5千億円)に達したネズミ講(ポンジー・スキーム)を操った稀代のペテン師、バーナード・マドフの住まいで、本人は今も蟄居中なのだ。

700万ドルは下らない自宅ペントハウスにはカメラがあって厳重に警戒しているが、取り調べの日や散歩のたびに外出するので、運が良ければ本人にお目にかかれる。

そこから10ブロック南。外観から「リップスティック」と呼ばれるビルの17~19階に、彼の運用・証券会社が入居している。昨年12月11日にマドフが自首してから連邦捜査局(FBI)と証券取引委員会(SEC)の捜査官が占拠、すでに300箱以上の資料を押収している。

手口は驚くほど簡単だった。投資家の口座証明書に年15%前後の利回りがあったように偽装。新規の投資家が払い込んだ資金を、古くからの投資家に回して配当を装っていただけのこと。流動性の高い現物株を扱っていたのが運の尽きで、リーマン破綻後に顧客から償還要請が相次ぎ、資金ショートに陥った。

現代のマルコポーロが猟犬

投資家数は計1万3567人。裁判所に提出した顧客リストは162ページに及び、俳優マルコビッチ、映画監督スピルバーグ、CNNトークショーのラリー・キングのほか、元金属トレーダーのマーク・リッチやニューヨーク・メッツのオーナー、仏ロレアルの創業者、欧州の王室関係者まで、有名人が顔をそろえる。

金融機関でも、スペインのサンタンデール銀行(投資額23億ユーロ)や英HSBC(同10億ドル)、ベルギーのフォルティス(同10億ユーロ)などのほか、15億ドルを投資していた仏銀行家ド・ラ・ビルシェは自殺した。日本勢も野村ホールディングス(同275億円)を筆頭に、あおぞら銀行(同124億円)、住友生命(同20億円)、MUFG(同10億円)と無傷だったわけではない。

執拗にマドフを追う猟犬がいた。ボストンに住む投資家ハリー・マルコポロスである。不正調査士という資格を持ち、壮大な“ペテンの暗黒大陸”に分け入ったこの現代のマルコポーロによれば「SECは金融知識のない愚か者集団」だそうだ。

過去10年、マドフ・ファンドの矛盾をSECに説き、ボストン、ニューヨーク、ワシントンで幹部に面談したのに、誰ひとり耳を貸さなかった。最後にSECに接したのは昨年3月下旬。知人の大学教授の紹介でSECのリスク管理担当に情報提供したが、それでもなしのツブテ。

事件発覚後の今年2月4日、下院金融サービス小委員会に告発者として召喚され、マドフの「スプリット・ストライク・コンバージョン」(SSC)と呼ばれる仕組みが当初から破綻していたことを証明した。

SSCは3段構えの取引からなり、まず30~35種類の上場現物株をバスケットで購入し、相当するコール・オプション(買う権利)を売る。一方で、プット・オプション(売る権利)を購入して、保有する上場株の値下がりリスクをヘッジする。収益の源泉は現物株の配当金、値上がり益とコールの売却手数料。プット購入の手数料と株価下落の場合にヘッジしきれない上場株の損失が、コストにあたる。

だが、複数購入した上場株式の株価は常にバラバラに動いており、この戦略で稼ぐことは現実には不可能に近い。オプション価格の構成する予想変動率(ボラティリティー)が常に変化するなか、利益が出るよう3種のキャッシュインと2種のキャッシュアウトをコントロールすることなど、神業としか言えない。

マドフが組み込んだ30~35種の現物株はS&P100種株価指数から選ばれたという。だが、90年代以降、エンロン、ワールドコム、グローバル・クロッシングなどの組み込み銘柄が経営破綻したのに、マドフのファンドは無傷と言い張った。マルコポロスが調べた93~2000年の87カ月間でマイナスとなったのはたった3カ月。組み込んだ現物株が常に上昇していたことになる。

「打率9割6分6厘の打者なんて信じられますか」とマルコポロスが追及したのはもっともで、統計学の基本をすべて無視した運用成績だった。SECは何度か調査したが、06年にファンドがSECに登録して安心したのか、調査を打ち切っている。

「金融界の顔役」というマドフの後光こそ、SECがこの荒唐無稽を不問に付してきた理由だ。1960年に証券会社を設立、流動性を供給するマーケットメーカーとして名を売った後、ナスダック・ストックマーケット(現ナスダックOMXグループ)の会長にも就任、SECに売買ルールを助言するほどだった。

だが、彼の真のブランドは「ユダヤ系の名士」。これが投資家や当局のリスク感覚を麻痺させた。ホロコーストの生き残りでノーベル平和賞を受賞したエリ・ヴィーゼルの慈善基金、ニューヨークのユダヤ系大学イェシヴァの大学基金。個人では元ソロモン・ブラザーズ副会長のヘンリー・カウフマン博士や、GMACのJ・エズラ・メルキン前最高経営責任者(CEO)……被害者の名前を眺めていると、米国の有力ユダヤ人脈がとりわけ目を引く。

ユダヤ人社会は排外的だが、いざ懐に入るとフリーパス。マドフはそれを利用して、ユダヤ系慈善団体から資金を集めて国際的な信用をつけた。トレモント・キャピタル・マネジメント、フェアフィールド・グリニッチ・アドバイザーズなど「フィーダー」と呼ばれるファンド・オブ・ファンズが周辺に集まり、「目端の利くユダヤ人が集まって運用している」という謳い文句と神秘性にくるんで世界中にファンドを売りさばいたのだ。

ウォール紙も奇妙に野放し

意外に地元ウォール街の金融機関の被害は大きくない。JPモルガン・チェースは野村と同じく発行した短期債を元手にフェアフィールドを通じて運用していたが、発覚前に解約した。シティグループやゴールドマン・サックスも、マドフ・ファンドをまがいものと見ていた。

「名士」を野放しにしてきたメディアの罪は大きい。ウォールストリート・ジャーナル紙は、最近になってグループの週刊誌「バロンズ」で過去の記事2本を言い訳のように電子版に掲載した。マルコポロスによると「記者が取材したがっていたのに編集局が許可しなかった」という。

事件の闇は深い。マルコポロスは常に身の危険を感じて表に出られなかったという。70歳のマドフが、一人で過去20年以上も1万人を超える顧客を騙してきたと考えるのは無理がある。弟のピーターは証券自主規制団体(FINRA)の元副会長、姪の夫はSECの弁護士だった。これは組織的犯罪なのだ。マドフは逮捕と同時に1億7300万ドルの小切手を切り、高級時計や宝石などを知人に贈ろうとした。一族の富を守るために、一人で罪を背負うスケープゴートを選んだかに見える。

ニューヨークのユダヤ系シンクタンクは「民族の恥」とマドフを非難する。が、それもこれも「臭い物にフタ」ではないのか。(敬称略)

   

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