消費税から逃げない「麻生蛮勇」

財源なきバラマキ批判の矛先を小沢民主党に向ける「究極の逆張り作戦」。その勝算は。

2008年12月号 BUSINESS

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粗っぽい宰相の蛮勇を緻密な職人が理論武装する。悪くない連携だった。定額給付金騒動までは──。

「3年くらいまず景気対策をやって、経済のパイが大きくなったところで介護、年金、医療に使うため、ぜひ消費税を上げさせてください」

11月9日、JR水戸駅前。首相・麻生太郎は衆院選に向けた全国遊説の第一声を上げた。力を込めたのは社会保障の安定財源確保に向けた消費税率引き上げだった。

麻生が唐突に消費税増税をぶち上げたのは、追加経済対策を発表した10月30日夕の記者会見だった。

「大胆な行政改革を行った後、経済状況を見たうえで3年後に消費税の引き上げをお願いしたい」

条件付きだが、選挙前に増税方針を明言するサプライズ。公明党代表・太田昭宏すら「3年間は上げないというほうが強いメッセージでは」と泡を食ったが、麻生は11月11日にも「経済が2年でうまくいったら、その時に(増税法案を)出す」。舞台裏に周到な仕込みがあった。

キーワードは「責任政党」

場面は政権発足直後の10月初旬に遡る。衆院本会議場のひな壇。麻生の右隣に座る経済財政担当相・与謝野馨が一枚紙を左手へ滑らせた。

当面は景気優先で減税でもバラマキでも何でもやる。同時に「責任ある政治」として消費税、所得税、法人税など包括的な「中期税制プログラム」も作る――2段構え、増減税一体の工程表を描いていた。

麻生は熟読してしまい込んだ。9月の総裁選で麻生の積極財政に異を唱え「社会保障財源として2015年度で消費税10%」と対抗した与謝野をあえて経財相にとどめた。税財政改革を任せ、「バラマキ麻生」批判をかわす盾に使う思惑だった。

与謝野も間合いを測った。金融危機への対処は財務・金融相を兼ねた中川昭一が主導し、公明党は特別減税をゴリ押し。持論の財政再建ばかりでは孤立しかねない。単年度の景気対策は麻生に好きなだけバラまかせ、やり尽くしたら税制抜本改革に引き込む。そんな「肉を斬らせて骨を断つ」発想で一枚紙をしたためた。

10月2日。官房副長官補・福田進らが麻生に首相直属の社会保障国民会議(座長=東大教授・吉川洋)の段取りを恐る恐る持ち込んだ。

前首相・福田康夫は年金、医療、介護などの将来像と必要な財源の推計を10月中に最終報告せよと命じていた。数字を表に出せば、消費税論議に火をつけかねなかった。

「いいよ、福田さんが10月中と言ったのなら、最終報告出しちゃえよ」

麻生はあっさりOKを出した。

「消費税は逃げられないって話だろ。それしかないから仕方ない。オレはこういう話を逃げるのは嫌いだ」

衆院選を気にする事務方に麻生は目一杯、格好をつけてみせた。当時、東証株価はまだ1万1千円台。「10月末解散、11月30日投票」案も麻生の視野にあったが、与謝野構想にはすでに向こうみずに乗っていた。

株価はその後つるべ落とし。16日には千円超も急落して8千円台前半で引けた。夕刻、麻生は政府・与党首脳を集めて追加経済対策の策定で号令をかけたが、最後に税制改革への取り組みも忘れなかった。

「持続可能な社会保障構築と、その安定財源確保に向けた中期プログラムを早急に策定する」

麻生は「09年度に増税するわけにいかないが、消費税論議は避けて通れない」と言い切った。与謝野を超える勢いで奮い始めた蛮勇。この場は箝口令を敷いたが、17日の経済財政諮問会議でも止まらなかった。

「消費税の増税からは逃げられない。やらなきゃ仕方がない話なんだから、責任政党として言うべきは言う」

内閣府は公表した議事要旨からこの発言を削除した。解散断行か先送りかで揺れた麻生だが、消費税で強がってみせる姿勢はブレなかった。

キーワードは「責任政党」。財源なきバラマキ批判の矛先を代表・小沢一郎率いる民主党に向け、消費税から「逃げない」麻生と「逃げた」小沢を差別化する衆院選戦略だ。どうせ増税時期は先だと割り切っているとは言え、常識破りの逆張りだ。

社会保障国民会議は基礎年金の国庫負担増や最低保障機能の強化、医師の増員や急性期医療のテコ入れと介護サービスの充実、少子化対策などの「機能強化」を急ぐ提言を固めた。15年度に消費税で最大3.5%分の新規財源が必要と試算した。

今の税率5%に上乗せすると8.5%になる。基本税率は10%とし、食料品などは5%に据え置くと8%台にほぼ見合う増収が得られる。

17日、麻生と与謝野が相談した。

「15年度で10%が政治的にこなせる上限だろう。増税した分は財政赤字削減より社会保障費の増額に充てる。給付やサービスをそのぶん充実する形にして有権者の理解を得たい」

与謝野は説いた。「そう説明するしかねえな」。麻生もうなずいた。

麻生の背中を押す「脱小泉」

与謝野は孤高に追求してきた消費税戦略を徐々に転回させつつある。

元首相・小泉純一郎の遺産である「骨太の方針06」。その年の政策経費は税収で賄い、借金に頼らない「プライマリーバランス(基礎的財政収支)の均衡」を11年度に目指す目標を掲げた。向こう5年間で11.4兆~14.3兆円の歳出を削減するが、目標到達に2.2兆~5.1兆円が不足。つまり消費税1~2%分の増税が不可避というシナリオを描いた。

まとめたのは与謝野。現慶大教授・竹中平蔵が金科玉条としたプライマリーバランス論を逆手に取り、元幹事長・中川秀直ら「上げ潮派」を消費税論議の土俵に誘い込もうと仕掛けた枠組みだ。竹中理論だけでは財政が持続可能と言える保証はない、とも批判。債務残高の増え方を名目GDPの伸びの範囲に抑える長期目標も唱え、中川らと火花を散らした。

与謝野は福田政権でも党財政改革研究会を主宰。有権者の納得感を重んじ、消費税の「社会保障税」への衣替えを前面に押し出した。昨秋の中間報告で「15年度で10%程度」の税率と、専ら年金、医療、介護、少子化対策の給付に充てる目的税化を唱えた。現行の社会保障の給付水準を維持し、公費負担の総額を消費税で賄おうとするアプローチだった。

08年度で年金、医療など4経費の公費負担は27兆円。消費税5%分の税収全額を充てても13.8兆円足りない。「総額アプローチ」は増税分でここを穴埋めする形。プライマリーバランスは好転するが、社会保障の「機能強化」には直結しない。増税分は「機能強化」に回すという麻生との間で浮かんだ「増額アプローチ」だと、社会保障は充実する半面、財政収支の改善には寄与しない。

「増額アプローチ」に傾き、軽減税率や段階的増税などあの手この手も繰り出す与謝野。国民の増税アレルギー超克と、麻生を消費税の土俵から逃がさないことに腐心する。財務省の渋い顔は承知だ。社会保障以外の歳出抑制と景気回復後の自然増収による財政健全化の長期目標作りも忘れてはいないが、竹中流のプライマリーバランス論はもはや脇役扱いだ。小泉時代の終焉を象徴する。

10月31日の諮問会議。吉川が国民会議として消費税3.5%分の財源確保を迫ると、麻生はつぶやいた。

「これで俺が会見でいい加減なことを言っていないって分かるだろう。小泉首相が在任中は消費税は上げないなんて言うから、いけないんだ」

小泉は逃げた。オレは逃げない。勇み立つ麻生の背中を押すのも「脱小泉」意識にほかならない。

給付金を巡る「全世帯か所得制限か」で一瞬の呼吸のズレが麻生と与謝野を痛撃した。消費税逆張りにも危うさはつきまとう。(敬称略)

   

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