国際柔道連盟の「独裁者」に屈服

2008年11月号 DEEP [ディープ・インサイド]

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経歴不詳の怪人物が国際柔道連盟(IJF)を牛耳る体制がまもなく完成する。10月21日にバンコクで開かれるIJF臨時総会で新規約が採択され、マリアス・ビゼール会長が理事の過半数を指名できるようになる見通しだ。かねてからIJFの運営をめぐっては、上部団体の国際オリンピック委員会(IOC)がその不透明さを指摘してきたが、ビゼールは独裁体制を規約に盛り込む奇策で正面突破を図った。

そもそもIOC自体がいかがわしい組織だが、その上を行くビゼールとは何者か。ルーマニア生まれで、現在はオーストリア国籍。チャウシェスク政権下の軍隊で柔道と出会ったといわれている。東欧諸国でのカジノ経営で財をなしたが、その過程で相当な無理を重ねたようだ。

インターネットで彼の名前を検索すれば、贈賄から暴力事件に至るまで、禍々しい噂がいくらでも出てくる。財力にものをいわせて02年に欧州柔道連盟の会長に就き、名誉会長にロシアのプーチン大統領(当時)を担ぎ出した。

05年にはIJF会長選に立候補。韓国斗山財閥の御曹司、朴容晟(パクヨンソン)氏に敗れたが、その際、スポーツ仲裁裁判所に選挙無効を訴え出る執念深さを見せた(結果は敗訴)。自陣営についた各国代表に、「ビゼール」の名を記した投票用紙を証拠として携帯電話のカメラで撮影してくるよう求めていたというから徹底している。

ビゼールが本領を発揮するのはその2年後だ。多数派工作を着々と進めたビゼールは朴氏に不信任案をつきつけて退陣に追い込み、待望の会長の座を手にした。このとき朴陣営についた日本からは、教育コーチング理事の要職にあった山下泰裕・東海大教授が理事に立候補したが、61対123でビゼール派の候補に敗れた。とはいえビゼールは日本を完全に敵に回す愚策はとらなかった。全日本柔道連盟(全柔連)の上村春樹専務理事を会長指名で理事に就任させたのである。ただし、これは議決権がない非公式のポジションだ。全柔連のドンである上村氏に実権のないポストをあてがい、自身のコントロール下に置くという巧妙さだった。

一方、理事選で山下を応援した国からは「日本はビゼールと裏取引したのではないか」と疑惑の目が向けられ、日本の威信は大きく揺らいだ。ビゼールの策士ぶりは半端ではない。

ビゼールは会長に就任するや、柔道の商業化を徹底させる施策を続々と打ち上げた。来年からテニスのようなツアー大会を世界各地で実施、これまで1年おきだった世界柔道選手権を毎年開催することにした。そのうえで一連の国際大会の放映権をIJFがすべて管理し、企業に一括売却する構想だ。

IJFが想定する買い手の最有力候補はフジテレビだ。フジは民放で最も柔道中継のノウハウに長けているとされ、03年に大阪で開かれた世界柔道選手権では30%台の視聴率をたたき出した。今後数年の放映権をパッケージでフジに売りつければ数十億円が転がり込むというのがIJFの皮算用だ。

しかし、スター選手不在でコンテンツとしての柔道の魅力は落ちる一方。10月5日に東京で開かれた世界柔道団体選手権大会は、フジがゴールデン枠で放映したにもかかわらず視聴率8.1%という惨憺たる結果に終わった。「本来なら15%とれないといけない時間帯。フジもホンネでは柔道中継から撤退したがっており、今後はその動きに拍車がかかる」(民放キー局関係者)

ビゼールの目算は早くも狂いつつある。残された道は柔道の一層の商業化、プロレス化による人気刺激策しかあるまい。規約改定で議決権の過半を握れれば、そうした暴挙も思いのままだ。

にもかかわらず、全柔連執行部は今回の規約改定に賛成する意向を固めた。内部に緘口令を敷いたうえで、幹部会議で申し合わせたという。上層部の判断は愚劣の極みだ。       

   

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