「米リーマン身売り」に三菱UFJが食い気

本命は仏BNPパリバだが、野村証券、三菱UFJにも買収を打診。続投意欲の畔柳社長は前のめり。

2008年9月号 BUSINESS

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「リーマン買収は我がグループにとって、どんなメリットが期待でき、どんなリスクが予想されるのか、シミュレーションをまとめてくれ」

三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)の畔柳信雄社長は7月初め、興奮気味に経営企画チームに指示したという。官僚的な旧三菱銀行出身幹部の中でも「慎重居士」で通っている畔柳社長が「いつになく前のめり」(MUFG関係筋)になったのは、米国の大手投資銀行、リーマン・ブラザーズ本体の買収が長年、同グループのアキレス腱とされてきた証券部門を一気に強化できるチャンスと踏んだからだ。名門のリーマンを傘下に収めれば、米市場でのビジネスが飛躍的に広がり、みずほFGや三井住友FGを引き離して、国際リーグ入りすることも夢ではないからだ。

旧UFJホールディングス(HD)との経営統合を果たしたのは前任の三木繁光氏の功績。04年6月にトップに就任した畔柳社長といえば、マネーロンダリング(資金洗浄)や投信の不適切販売などでの行政処分、システム統合の延期により批判を浴びる姿ばかりが目立った。邦銀として初の米投資銀行買収を成し遂げ、後世に名を残したいのではないか。

野村証券はリスクに尻込み

国際金融市場で「周回遅れ」と揶揄されてきた日本のメガバンクが、欧米の大手金融グループを支援する「ホワイトナイト」として期待されるようになったのは、サブプライムローン問題を端緒とする金融混乱で深手を負わなかったためだ。

みずほFG傘下のみずほコーポレート銀行が1月、米大手証券、メリルリンチに出資。三井住友FGも6月下旬、英大手銀、バークレイズと資本提携を結んだ。三菱系では東京海上HDが7月下旬、米中堅損保、フィラデルフィアを約5千億円で買収したこともあり、「MUFGがどう出るか」に注目が集まっている。

畔柳社長に近い関係者は「みずほや三井住友のように数パーセントのマイナー出資では意味がない。うちには1兆円規模の余資がある。チャンスとなれば打って出る」と買収意欲を隠そうとしない。MUFG上層部には「サブプライム危機で道が開けた国際展開のチャンスをみすみす逃すわけにはいかない」(関係者)という焦燥感さえ漂っている。

三菱UFJは、日本で富裕層向けプライベートバンクの合弁会社を設立した経緯から、昨年末、米メリルへの資本参加を模索。ニューヨーク駐在だった大森京太・三菱東京UFJ銀行専務(現MUFG副社長)と、五味康昌・三菱UFJ証券会長が仕掛けたディールで、「当然、うちに支援要請が来る」と考えていたが、ライバルのみずほコーポにさらわれた。

1850年にリーマン兄弟が創業、南北戦争に敗れたアラバマ州の復興資金を調達した歴史を持つリーマンの買収は、精彩を欠く国内証券を率いる五味会長にとって起死回生の一打となる。五味会長は畔柳社長と旧三菱銀入行が1年違いで、日本橋店で机を並べた間柄。内部では「イケイケドンドンの五味会長が腰が重い畔柳社長の背中を押している」と囁かれている。

問題はリーマンがどこまで悪くなっているかが読み切れないこと。今年3月のベア・スターンズ証券の経営破綻後、リーマンは信用不安にさらされ、株価が2日間で半値以下に暴落した。6月に60億ドル(約7200億円)の緊急増資を実施したばかりだが、今も650億ドル(約7兆円余)にのぼるリスクの高いモーゲージ資産を抱え、その処理を迫られている。

市場では「70億ドル(約7600億円)規模の追加増資が必要になる」(米証券アナリスト)と見られているが、先に実施した60億ドルの増資で投資家が引き受けたリーマン株は簿価を割り込んでおり、新たに追加増資を求めるのは容易ではない。

「資産運用部門など有力資産を売却して解体するか、ホワイトナイトを探して身売りするか、が迫られている」(米投資銀行筋)。解体を避けたいファルド最高経営責任者(CEO)は、水面下で欧州や日本の大手金融グループへの売却を企図し、世界の有力金融機関に打診している。身売り先は仏BNPパリバが有力との見方もあるが、実際のところは、どこもリーマンの経営内容に尻込みして手が出せない状況だ。

日本ではMUFGに先立ち野村証券に打診があった模様。野村にとってもリーマン買収は飛躍のチャンス。

「まじめに検討したが、自社のサブプライム関連の損失処理が完全には終わっていないうえ、国内株式市場の低迷で収益が落ち込んでいるので大きなリスクを取るのは難しいとの判断に傾いている」(関係筋)

野村は証券化ビジネスや信用取引の関連で多額の損切りを行っても、後から後から追加損失が発生する悪循環を経験しているだけに、「70億ドルの追加増資をしても立て直せるものかと懐疑的に見ている」(野村出身の米投資銀行幹部)ようだ。

サブプライム問題に絡んでは、リーマンなどの投資銀行やシティグループが収益優先に走り、簿外のSIV(投資専門会社)などを使って過大な信用リスクを取っていた。さらに、サブプライムをはじめとした多くのローン債権を合成した複雑なCDO(合成担保証券)などを組成。格付け会社やモノライン(金融保証会社)も巻き込み、あたかも安全な資産であるかのように装って、投資家に売りさばいていたことが大問題となったのは周知の事実。

呑み込む勇気があるか?

しかし、その一方で、SIVや証券化スキームを使って自ら仕込んだハイリスク・ハイリターンのローン債権を証券化商品に組成し、自己売買したり、国内外の投資家に流通させる仕組みは、「オリジネート(組成)&ディストリビュート(販売)」といわれ、投資銀行の収益モデルの根幹にもなっていた。

それだけに、市場や金融当局者の間では「サブプライム後の金融市場で、米国流の投資銀行の収益モデルが成り立つのか疑問の声が出ている」(国際金融筋)。

M&A(企業の合併・買収)や大型のIPO(新規上場)の引き受け、原油や穀物をはじめとした商品相場など、多様な食い扶持を持つゴールドマン・サックスやモルガン・スタンレーなどがサブプライム禍を乗り越えて生き残ったとしても、リーマンなどは早晩、淘汰されるという厳しい見方だ。

MUFGにそんなリーマンを呑み込む勇気があるのか?

「銀行より1割以上も高い給料を出して人材を集めながら、三菱UFJ証券でさえもまともに経営できない(畔柳、五味ら)経営陣に生き馬の目を抜く米投資銀行のオペレーションができるはずがない。リスクを取らない三菱流の経営を押しつけたら、優秀な人材はみな逃げてしまうだろう。物笑いになるだけだ」と旧三菱銀行の元役員は切り捨てる。

8月12日、MUFGは連結子会社でニューヨーク市場に上場している米銀ユニオンバンカル・コーポレーションをTOB(株式公開買い付け)で完全子会社化すると発表。米国における成長戦略を鮮明に打ち出したが、TOBに成功するか不透明な状況だ。システム完全統合が完了すれば、来年初めにも退任すると見られていた畔柳社長は、最近にわかに「グループ戦略を明確にする責任がある」と続投をほのめかしているという。続投意欲の思惑から大博打を打つとしたら愚かの極みだ。

   

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