喜劇と悲劇の万華鏡に言葉の受肉

演劇『イリュージョン・コミック――舞台は夢』

2008年8月号 連載 [IMAGE Review]
by K

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演劇『イリュージョン・コミック――舞台は夢』(6月28、29日に静岡芸術劇場で公演)

作・演出:オリヴィエ・ピィ/出演:パリ・オデオン座

フランスで今、脚光を浴びている演劇人、オリヴィエ・ピィの初来日公演となったのが、静岡市で開かれた「Shizuoka春の芸術祭2008」で6月末に上演された「イリュージョン・コミック――舞台は夢」。演劇に熱いオマージュを捧げるが、高度に知的で圧倒的なセリフの量は、さすが「言葉の国」フランスの演劇だと実感した。

蛍光ランプ、化粧台、階段などを自在に組み替えてつくる構成舞台。ピアノやトランペットなどの演奏が、場面の雰囲気に応じた祝祭感、沈鬱なムードづくりに一役買う。正味3時間の上演中に、「演劇は存在の花粉」「演劇は全体を認め受け入れること」などと演劇に関しこれほど語ることができるのかと驚くほど演劇をテーマにした膨大なセリフが次々と繰り出される。俳優陣も達者なセリフ回しで、器用に何役も演じる実力派がそろう。

ピィが演じる夢見がちな詩人と俳優仲間が新作「詩人と死神」という芝居の稽古をしていると、上演前に新聞批評が出て「大勝利。この素晴らしい戯曲はフランス演劇の名誉を救う」と激賞される。あらゆる「イズム(主義)」が死んだ今、世界を救えるのは演劇だけと、詩人は西洋文明の救世主とあがめられ、パリ市長、大統領、ローマ法王までが訪ねてきて時代の寵児となる。しかし、衛星放送で薫製ニシンの好き嫌いを口にしたことで聴衆の反感を買う。「仮面を剥がされた詐欺師」と詩人糾弾の渦が広がり、捕まって死刑を宣告される。運命が悲劇的に転換するが、あくまで喜劇的に演じていて面白い。シェークスピア作品のように、悲劇や喜劇などジャンルが混ざり合ったものがピィの目指す演劇だという。

「イリュージョン・コミック」というと、17世紀のコルネイユの作品を連想するが、これは名前を借りただけのピィの創作で、内容はモリエールの喜劇「ヴェルサイユ即興」に近い。タイトルの「コミック」も発音は同じだが、フランス語の綴りではコルネイユのものが単数、ピィのは複数になっており、政治的な幻想との意味合いが強い。

ピィは1965年、南仏グラースに生まれた。パリ国立高等演劇学校(コンセルヴァトワール)で演劇を学ぶかたわら、カトリック学院で神学や哲学も学んだ。88年に劇団を結成、97年にオルレアン国立演劇センターの芸術監督になり、昨年春、1782年に創設された伝統ある国立劇場、パリ・オデオン座の芸術総監督に就任した。劇作家、演出家、俳優、歌手、映画監督などでもある才人で、同性愛者であることも認めている。

特異なのはピィが熱烈なカトリック信者であること。「演劇は、単に文化的な冒険であるだけでなく、私にとって英雄的な行為、宗教的な行為である」と宗教的情熱が強く演劇に反映している。「私の演劇は、喜びの演劇であり、光に満ちた演劇である」「俳優が舞台にいるということは、詩人が愛情をもって書いた言葉を受肉することだ」などと述べる。「見捨てられたようなこの世界で生きることは、放浪する役者のようなもの」という現代の絶望的な状況下で、演劇の未来を信じるのは宗教的信念に裏打ちされているからこそである。

   

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