歌劇『アイーダ』
2008年6月号
連載 [IMAGE Review]
by K
作曲:ジュゼッペ・ヴェルディ/演出:ペーター・コンヴィチュニー/美術:ヨルク・コスドルフ/指揮:ウォルフガング・ボージチ/歌手:キャサリン・ネーグルスタッド、ヤン・ヴァチェック、イルディコ・セーニほか
古代エジプトの男女の悲劇を物語にしたヴェルディ作曲の名作オペラ『アイーダ』は1871年にカイロで初演された。時空を超え現代日本で上演されたドイツ人演出家ペーター・コンヴィチュニー演出の『アイーダ』は、ミニマリズムの美学に貫かれた挑発的舞台だった。
第2幕「凱旋の場」の壮麗な軍隊の行進でスペクタクル・オペラの代名詞となった既成イメージを裏切り、白色を基調とした抽象画のような密閉空間に動きを封じ込めた。その結果、音楽に集中させ、心の内面に深く入り込む求心的オペラを作りだしている。
白い部屋に、緋色のカバーがかかる横長のソファが一つ。装飾を剥ぎ取った何もない空間だ。大神官、エチオピアを討つ総司令官ラダメス、奴隷となっているが実はエチオピアの王女アイーダ、国王、王女アムネリスら主要な登場人物役の歌手が舞台に向かって左手のただ一つのドアから出入りし歌う。合唱は部屋の背後から聞こえてくる。
コンヴィチュニー演出は意表をつく企みばかりだ。大勢の兵士が登場する軍隊の代わりにラダメスは象のぬいぐるみをひっさげて戦地に向かう。
エチオピア遠征前には神殿でラダメスが巫女と性的に交わる。いわゆる神聖売春を再現した。勇壮な凱旋シーンでは突如、トランペットが二階席から、続いて一階席から響き渡った。観客席が祝祭空間に変わる。舞台では部屋の天井から紙吹雪が舞い落ち、部屋では国王、王女、大神官がパーティーのいでたちでやってきて、シャンパンを飲んだり掛け合ったり、乱痴気騒ぎが繰り広げられる。
特に最終の第4幕第2場が大きく違った。ラダメスを心変わりさせられなかった王女アムネリスが絶望し、普通は石牢から出ていくのだが、後方で倒れてしまう。部屋の後ろの壁が開いて、何と東京の近代的ビル群の夜景が映し出される。そこにアイーダが立っており、再会した二人は永遠の愛を確認する。多くの舞台では密室となるところを逆に空間を開放する。この場に至る前、ラダメスは行動は自由だったが、閉鎖空間で生きていた。だが、閉じ込められたことで二人は魂の自由を獲得し、解放されたことを示すアイロニーだ。
そして、驚くべきことに、恋敵であるアムネリスが立ち上がってきて、ソファに座っている二人の手を取り結びつける。さらに謝罪するかのように、二人のひざの間に顔をうずめると、二人がアムネリスをいたわるようにさする。永遠の愛の前で、恩讐を超えたことを強調する演出なのか。ビル群が星雲のようにきらめく夜景の中に二人のシルエットが刻み込まれ、古代エジプトの悲恋物語が、現代に引き寄せられて身近に迫ってくる。
4月17日の初日カーテンコールで演出家が登場した時には、拍手にまじってブーイングが連発された。伝統的なスペクタクルを望む観客には期待はずれだったかもしれないが、知的で刺激的な演出だった。こうした演出家を輩出するには背景に演劇教育の厚みがなければ難しい。日本の貧しい演劇環境からは「ないものねだり」なのかもしれない。