堂々たる資本家一族の「鈍感力」

『ロックフェラー回顧録』

2008年1月号 連載 [BOOK Review]
by 石

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『ロックフェラー回顧録』

『ロックフェラー回顧録』(著者/デイヴィッド・ロックフェラー訳者/楡井 浩一)

出版社:新潮社(税込み2730円)

東洋の島国の一庶民にとって、世界の富豪ロックフェラーは最も縁遠い存在だろう。どれほど豪奢な暮らしをしているのかといった興味くらいしか持てないが、そんな期待はさらりとかわされる。金持ち喧嘩せず、紳士的で抑制の利いた筆致は、下品な関心を寄せつけない。

にもかかわらず、読み始めると惹きつけられるのは、ロックフェラーという資本家の目を通したアメリカ現代史、資本をめぐる人間模様を率直に書きつづっているからである。

著者はスタンダード・オイル社を率いてアメリカ一の富豪にのし上がったジョン・D・ロックフェラーの孫。米副大統領を務めた次兄はじめ5人の兄姉は全て亡くなっており、現在92歳の著者はロックフェラー一族を代表する唯一の3代目である。

回顧録の主軸は、35年間在籍したチェース・マンハッタン銀行での活動。国際主義者を自任する著者の一貫した方針は、チェースの国外業務を拡大しグローバルな銀行にすることだった。経営方針の異なる競争相手ジョージ・チャンピオンとの銀行内での覇権争いや、海外や国内政財界とのやりとりが詳細に描かれる。

国際派の米銀行トップとして、初めて共産圏に飛び込み、ソ連のコスイギン、中国の周恩来らと会見、「中東の“バランス”を保つ使者」として、エジプトのナセル、サウジアラビアのファイサルらとも面談している。さらに国を追われたイランのシャー(国王)、パーレビの米入国に奔走するエピソードなど、現代史の裏面を覗かせてくれる。

同時に1970年代初頭に2億ドルを超える基金を有していたロックフェラー兄弟基金など慈善事業の運営の困難さ、兄弟間の確執についても、かなりの程度まで踏み込んで明らかにしている。特に一族を支配しようとする次兄ネルソンとは何かにつけて争いになり、その強引なやり口を暴いているが、それでも「ネルソンは堅固かつ創造的な指導者」と敬意を払っているのは、兄弟愛と一族の名誉尊重のためだろうか。

いくつか興味深い発言が目に留まる。そのひとつが「おおかたの見解に反するが、利益をあげる能力は、社会の発展に不可欠な要素だ」。

資本主義に対する揺るぎない信奉を語っており、利益追求によって雇用が創出され、人々に力が与えられる。だからこそ「金儲けに罪悪感を覚える必要などない」と明言する。

そんな姿勢がやっかみも呼んで、競争者やマスコミから何度も足を引っぱられているが、非難・中傷にも「何世代にもわたってロックフェラー家の役に立ってきた資質は、鈍感さだ」と超然としている。1880年代に祖父とスタンダード社がマスコミの攻撃を受けて以来、「“公の場”のロックフェラー家は、防御のために鈍感にならざるを得なかった」という。さすが、ぽっと出の成り金とは違う腹の据え方である。

本人による回顧録だが、客観性は誠実に保たれていると思われる。アメリカ指導層の行動・思考様式を知るには、格好の記録である。

   

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